『主キリストの願いは・・・愛、平和、祈り・・・』
聖句
「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』
と言われていたのを、あなた方は聞いています。しかし、わたしは
あなた方に言います。自分の敵を愛し、迫害する者の為に祈りなさい。」
エペソ書2章14節〜17節
9月11日朝、世界経済心臓部と言われた世界貿易センタービルと
世界最大の軍事中枢機関の国防総省はハイジャックされた旅客機が
突入し爆発、炎上のニュースを見、特にビルが屋上から崩壊する瞬間を
見てなにが起こったのだろうか。
今は、テロ事件として世界各国に衝撃を与えている。
6千名余の犠牲者には哀悼の意を表明する。
米国民の90%は報復を望んでいると言う。
10日後の現在、少数であっても、武力行使による報復反対の声が
あがりつつあると言う。
さて、私たちはどのように見、分析し、考えるべきだろうか。
私は、タワーが崩れて行く様を見て言葉を失い、同時に化学文明豊かな
物質文明のもろさのシンボルのように感じた。
本当は何に基礎を置いて生きているのか、神様から問われているのでは
ないだろうか。その時、創世記11章『バベルの塔』の記録を想起して
いた。皆様も再読されたい。
人々は、”建物の頂が天に届く塔を建て、名をあげよう”と
バベルの塔を建てた。その塔は、人間の傲慢、罪、快楽、迫害、滅亡の
象徴であった。神に反抗する人間、神の約束に対する不信仰の
現れでもあった。
冒頭の御言に心を向けよう。2千年前、神の子イエスは、人として
人間の世界に誕生し、33年半を生きてくださった。
主の御生涯の願いは一体何であったのだろう。
【1】愛(アガペーの愛)
朝日新聞の記事の中に、聖書のことばが引用されていた。
「軍事力で報復する『目には目を』は21世紀の国際社会で
正しい選択となるのだろうか」聖書の出典なのに、誤解されて
受け取られている。その一つである。「目には目で、歯には歯で」
は、同害報復法と呼ばれ、本来の意味は被害に応じた弁償、罰が
支払われることで公正な裁判による規定である。
人種的偏見や差別がない。
しかも、仇討ちや復讐を勧めたものでない。
往復する憎悪と敵対行為を片道で止める心である。
イエス様は暴力や攻撃について報復するなと言われたのである。
現代、民族か宗教という『自己正義』の色メガネをはずせば、
武力を利用するのは少数の権力者か権威者だとわかる。
憎悪と恨みと復讐という暴力の連鎖は解らねばならない。
それを可能にする道を示したのが、『愛』である。
”自分の敵を愛する”とは、同国人も異邦人も(敵とされた)
等しく隣人とし、差別を除くことであった。
当時の敵は異邦人の王ヘロデであり、異邦のローマ帝国であった。
そのような状況下では、情として愛せるものではない。
しかし、イエス様は愛しなさいと、語られたのである。
【2】平和
平和については、先月号で述べさせて頂きました。もう一度
開いてお読み下さい。只一点申し上げたいことは、
真の愛と平和を造り出す者は少数であり、大多数から反撃を
受けるということ。現に、9月14日の米国下院で、多数テロ事件に
対して武力行使を認める決議案採択にただ一人反対票を投じた
バーバラ・リーさんの勇気ある行動があった。
軍事報復に反対した故に脅迫電話が多くあり、警察が自宅を警備して
いるという。
神は、人間の内に潜む深刻な罪の性質のために起こる報復、争い、
憎悪の人類歴史に、罪のない神のひとり子イエスを送り、
十字架につけて、愛と平和を人間社会に注いだ。
遠回りに見えても、イエスの福音を伝え、人々の共生を許し
その拡大こそが平和への近道ではないだろうか。
【3】祈り
”迫害する者の為に祈れ!”「クワイ河収容所」(A・ゴードン著)
の著者は、日本軍の捕虜収容所で生きて働く信仰を経験し
日本の敗戦の日に、日本兵に復讐をしようとした連合軍兵士を
止めたのも彼自身でした。また、韓国には自分の家族の中に殺害された
者が多い。韓国キリスト者は復讐心から赦しの心に!