『救い・きよめ・宣教とは・・』
−第20回あわ聖会に因んで−
聖句
「あなた方は、真理に従うことによって
たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから
互いに心を熱く愛し合いなさい。あなた方が新しく生まれたのは
朽ちる種からではなく、・・・神の言葉によるのです。」
ペテロ第一 1章22節・23節
徳島教会単独によるあわ聖会は、20回目を迎えました。
名称は『阿波聖会』か、県政だよりの『アワー聖会』『OUR聖会』
かの名もあげられましたが、今の名で歩んでまいりました。
高島両師が赴任しました三年後、教会員数も少ない中でしたが、
神様から示されたビジョンに全面的服従することが伝道者の使命と
受け止めてスタートしたのです。
何時の日か徳島宣教の拡大の中で、聖書信仰の歩みを救いから聖め、
宣教のセンターになることを夢みてのことでありました。
その実現を目指しての眉山祈祷が10年近く続いたことが、小牧者の
心に残る恵みでした。最近は、そのことが少なく弱くなっている事を
聖霊に指刺され、反省させられています。再度、クリスチャンに
ならせて頂いた神の恩愛には、どういう応答が良いのだろうか、
ご一緒にに考察してみましょう。
【1】救いの感激
救いの喜びは、年々深くなります。思わず入った信仰でした。が、
イエス様を信じて友人への嘘の罪が赦され、義と神から宣言され、
生まれ変わり、イエス様と益々結び合わされ、永遠のいのちが
与えられたことの不朽の喜びは、言葉で表現出来ない私です。
愛兄姉方も、あのような位状態、環境から救われたことを覚えて
いることでしょう。何年か経つと、少しの安定感を受けます。
すると、救われた喜びの事実を忘れてしまい、神様に忘恩の罪を
犯しはじめるのです。救いの喜び、救いの感激の維持、継続には
基本的な信仰生活を身につけ、普段着のような信仰生活に入って行くのです。
即ち、@聖書を読み続ける A祈り続ける B 賛美をする
C 神に従い続ける D 教会生活をする。これら五つの事が
常のごとく、普段着になるよう主イエス様は望んでおられるのです。
アーメン
【2】霊魂の聖め
神の言葉によって救われ、新しく生まれ変わらせて頂き、救いの
喜びの中にあるのです。が、基本的な信仰生活をしていますと
自分の心の頑固さ、極めて自己中心性の心、わがままな心、
何時でも他から褒められたい心、心の奥に他を赦せない心・・。
そのような心の状態に気がつき始めると、たましいの聖めに向かっての
祈りが生まれて来ます。きよめられた魂は、神の愛が聖霊によって
心に注がれ、満たされて来ます。そこには偽りのない兄弟姉妹の
愛となり、聖い真実な愛はやがて熱い暖かい兄弟姉妹の愛となって
隣人に対しても溢れるようになるのです。
そこには、他人の幸福を願う愛の始まりがあるのです。
また、自分の心は柔らかい心になり、神には従いやすい心、人からは
教えられやすい心、そして魂には深い安息、平和、愛を感じるのです。
【3】宣教に向い
愛と平和の神を日々経験し、他に伝えることに喜び溢れるクリスチャンに
ならせて頂きたいものです。宣教とは、難しいものではなく、身近にいる
方々に愛と喜びと希望を示すことにあるのです。それは、だれかれでは
ありません。あなた一人から始まるのです。無私の愛とイエスの愛を
所有した信仰者の栄光ある特権ではないでしょうか。