『最も大切な福音とは、・・・』



聖句 
『私があなた方に最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次の事です。キリストは聖書の示す通りに、私たちの罪の為に死なれたこと、また葬られたこと、またケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。』
                                               第一コリント15章3〜5節


今年の礼拝講壇は創世記からスタートしました。神の御かたちの如く造られた人間にも拘わらず罪を犯して、神から離れてしまったことが罪と死という2大悲劇に悩まされるに至りました。
死は人類の結果であり、その罪から、また死の恐怖から私たちを救うために、イエス・キリストはこの世に来られました。
イエス様は神のひとり子でしたが、私たちの罪を負って十字架上で死なれました。そして、三日目によみがえられました。
冒頭の聖句は、パウロという人物が体験した証しであり、また私たちにも罪の赦し、新しい命、永遠の命を与えて下さる福音、最も大切な福音の内容です。特に、このよみがえりの日をイースターと言い、素晴らしいイースターを迎えて、私たちは永遠のいのち、復活のいのちを心に受けていることに確信し、福音宣教に携わりたいものです。ここに一人の医師の奉仕の証しを紹介したいと思います。

『いのちの質を求めて』 ホスピス病棟日誌(下稲葉康之)
下稲葉医師が福岡亀山栄光病院で、ご自分の証しを含めて、ホスピスの働きを書かれた。
118ページを抜粋

そして最後に、私はクリスチャンとして患者さんの深刻な心の叫びに耳を傾けることになる。ホスピス患者さんの最終的な課題は、やはり生きる・死ぬるである。
どんなに症状がうまくコントロールされても、死は避けられず、一刻一刻と迫ってくる。死にたくない、死ぬのが怖い、死んだらどうなる・・・。このような訴えに対しては、医師としてではなく、クリスチャンとして対応することになる。恐れおののく魂、その真剣なまなざし、一言も聞き漏らすまいとの姿勢、こわばった表情・・・このような緊張関係の中で、私はキリストを紹介し、死んで復活し、今も生きておられるキリストを語り、共々に手を取り合い、主イエスを仰いで賛美し祈ることになる。
そして極めつけは、キリストを信じる者は死んでも生きる。キリスト教はいのちの宗教であると確信して語ることができることである。
そのようなホスピスの現場において、私は幾度となく自分の信仰の姿勢を吟味することになった。そして、死に臨む方々とのかかわりを通じて、私の信仰は単純になってきた。キリストを信じる者は赦され、死んでも生きる!
すでに天に召された幾百人という患者さんたち、そのかかわりのひとつひとつが私にとってはかけがえのない大切な宝であり、遺産となっている。やがて天国での再会を思うとき、私の心はいい知れない感動に満ちあふれ、そしてクリスチャン・ホスピス医師としての務めを授けて下さった神にあらためて心から感謝をささげる。
自分の半生を顧みるとき、肉親をはじめ多くの方々の愛と忍耐に支えられ、そして主イエス・キリストの赦しと導きの下に守られ、今日あることを痛感する。心からの信仰と感謝をもって、あらためて私自身の生きる・死ぬるを神ご自身にお委ねしたい。神のご栄光と私の隣人の喜びと幸せとのために用いられること心から願いつつ。・・・・以下略
イースターの事実は、第一にイエス・キリストが聖書のいうとおりに、神が人となってこの世にこられた救い主であることを証明しました。第二にキリストの十字架の死は、私たちすべての罪の身代わりとして神に裁かれ、神に捨てられたゆえに、救いの道が開かれました。
第三に、このキリストがよみがえられ、今も生きていて罪を悔い改め、キリストを信じより頼むすべての人を完全に救って下さる事を証明したのでした。
ペテロは語りました。『神は・・・・ イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにして下さいました。』(第一ペテロ1:3)


hbcr28.gif