『IGM教会の輝く明日に向かって』



聖句 
『こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえていった。』  使徒の働き9章31節


徳島教会は39年目に入りました。高島牧師が赴任して27年目に踏み込み、改めて徳島教会の使命、任務を祈りました。私たちが徳島教会に着任し、市内県内の教会の諸状況を把握して祈り、主に導かれたビジョンは

1.徳島宣教のセンターとなる
2.クリスチャン人口を全国平均の1%に引き上げる。
3.徳島から世界に
個人的には密室祈祷、また眉山、津田海岸で祈り叫んだことでした。
今や、明るい礼拝堂がお祈りと献身にて神に捧げられました。
今年は40周年準備の年として本格的教会運営(予算案作成を含めて)を目指す事になります。

そこで『教会』とは何か。
この度、発行された『教会論』を読んで心に留められた教会の幻を「つばさ」2月号に掲載されました。今後の徳島教会の指針ともなり再録致します。全文は2月号にて・・
徳島教会の現状までの部分を紹介し、明日に向かって輝く教会となることを切願します。
「つばさ」2月号4ページより
・・土着の指導者(レイマン、役員、委員)をもつことの重要性である。福音土着化、土着の指導者という「土着」の言葉を神の恩恵の言葉として用いさせていただくが、私たちの住んでいる地域教会にはキリスト教にはキリスト教が余り土着化されていないのではないだろうか。
私自身、大いに反省させられているのであるが、因みに徳島教会には26年前に赴任し、最初の歓迎礼拝は牧師家族4人を含む6人での礼拝を余儀なくされたが、数年後には20名を越え、会堂建設問題が起こり祈るようになり、平行して信徒訓練会もスタートした。挫折の繰り返しであった。

やはり小規模の教会、組織化されていない教会では、信徒の役割とその責任を感じるまでは長い期間が必要ではないか。勿論、人材にもよると思うが・・。
少人数の教会であっても、一人の教会員として責任を果たせるような信仰者が主に育てられ、幹事、役員というような主の尊いご奉仕の任務を担う事は光栄なことである。
徳島教会は、会堂建設の年に役員が任命され、その間十年余り、役員会の学び、役員研修会などを通して、教会役員としての自覚を持つことが精一杯であったように思う。
さて、「合議的監督制」が地域教会に適用される時代が近づくとき、竿代照夫師が「財政面での信徒の責任」という項目で語られたような教会になるためには、役員を含む信徒の責任は実に大きいと思う。
教団は牧師任命制を採用しているゆえ、受け入れ側の教会、信徒、役員のあり方に十分な心霊的実際的訓練が求められている。
財政の面では、担当する奉仕者に教団サイドによる研修会なるものを計画し、そして信徒全員が責任を果たせるようなシステムが作られるなら、任命された牧師と共に役割を分担し、与えられた賜物がきよめられ、主に用いられる地域教会となること間違いないことと思う。・・・以下略・・
徳島教会は明日に向かって、聖霊による前進を見るでしょう。
任命された牧師は、「もっぱら祈りと御ことばの奉仕に励むことにします。」(使徒6章4節)との時代が来るでしょう。


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