『洗礼ヨハネの奉仕。主イエス様の奉仕』
【聖句】
『バブテスマのヨハネが現われ、ユダヤの荒野で教えを宣べて、言った。
「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。』
マタイ3章2、4章17節
−祝・主の御聖誕−
今年のアドベント霊想は、バブテスマのヨハネとイエス様のご奉仕に心をとめてきました。
その恵みは、第一・第二祈祷会、山川祈り会、また家庭祈り会で語らせていただきました。
冒頭の聖句のよう仁宣教開始の御言葉は「悔い改めなさい。天国が近づいた」という宣言的メッセージです。
しかし、両者には天と地の相違がありました。
【1】洗礼ヨハネの奉仕
彼は老夫妻の祭司ザカリヤと妻エリサぺツの子として誕生した。誕生に関しては、驚くような声が御使いから発せられました。
「名をヨハネとつけなさい.…まだ母の胎内にあるときから、聖霊に満たされ、…彼らの神である主に立ち返えらせます」(ルカ1・15、16)と。そして、1章80節「幼子は成長し、その霊は強くなり、イスラエルの民の前に公に出現する日まで荒野にいた」その荒野での生活中に神のことばを受けました。(BC26年頃、ルカ3・2)
(1)罪の悔い改めの説教
洗礼ヨハネは、神の使命を遂行するために、荒野で神様と静かに交わり、神の訓練を受けていた。彼が罪の悔改めの説教を開始すると、多くの群衆が押しかけ、聞いた者達の多くは罪を告白しヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた。
説教の内容は厳しかった。
@神の怒りが近いこと。
A罪の悔改めの実を結ぶこと。
B生活の改善をすること。
(ルカ3・7〜14参照)
(2)先駆者としての奉仕
救い主を待望していた民衆は(メシヤ待望)、洗礼ヨハネこそキリストではあるまいか、と考えていました。彼は自分を後から来る方の道備えする先駆者にすぎないと断言しました「私はあなた方に水でバプテスマを授けましたが、その方ほ(イエス様)、あなた方に聖霊のバブテスマをお授けになります」(マルコ1・8)こうしてヨハネは悔改めの宣教とともに、主キリストが信仰の対象である事を証ししました。
(3)私たちも先駆者
クリスチャンは自分の誉れ、自分の名誉、都合の良い自分のみを紹介するのではない。愛と清さと聖霊に満たされたイエス様を紹介するために、私達は神から救われ、洗礼を受けました。洗礼ヨハネはイエス様に洗礼を授けました。彼はイエス様を自分の後に来られた方(
メシヤ)として迎えました。このことをマタイは次のように記しています。「こうして、イエスはバブテスマを受けて、すぐに水から
上がられた。すると、天が開け神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。また、天からこう告げる声が聞こえた。『これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ』(マタイ3・16、17)。
この出来事は、イエス様がその後のイエス様の考え、言葉、行動を導きました。イエス様は、人の子として神に愛されているという真理を生活のベースに据える岩として、その上に憐れみが建てられました。「あなた方の父が憐れみ深いように、あなた方も、憐れみ深くしなさい」(ルカ6・36)と、イエス様は言われました。この憐れみ深さは、苦しむ人に近づくことです。この特徴は「受けるよりも与え
るほうが幸いである」(使徒20・35)のです.神の恩寵愛に溢ふれると"私が与えれば与えるほど、多くのものを受けています″と言うことができます。神の憐れみを実践した生き方に近づきましょう。洗礼の恵みはそのことの第一歩なのです。
【2】イエス様の御奉仕
洗礼ヨハネは、「世の罪を取り除く神の小羊」「聖霊と火によってあなた方にバブテスマを授けるお方」「さばくお方」と
して、イエス様を紹介しました。即ち、イエス様は人間の罪を赦す贖い主、救われても残存する罪の性質をきよめる潔め主として、クリスマスとなられました。そして再臨のときは、罪をさばくお方なのです。アーメン。