『ゴルゴダ丘上の決戦』



【聖句】
『三時頃イエスは大声で、「エリ。エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。』
                                        マタイ27章46節


信仰生活一年目に入った頃、受難週に読んだ最初の十字架の書物の中で、心に焼き付いた言葉が、「ゴルゴタの丘上の決戦」でしたそれ以降、十字架に関わる信仰書は数多く出版されている。
参考までに数冊紹介致しますが、是非、読んで頂きたいのは、愛兄姉方が購入された「イエス・キリストの受難(藤本満 訳 J・パイパー著)である。十字架の恩寵愛の深さがある。勿論、少しでも十字架の体験をされる者になって頂きたい。他に、

*「十字架の奥義」(本田弘慈 著)
*「主の十字架の奥義」(マーレ一 著)
*「十字架についての考察」(キャンベル・モルガン 著)
*「十字架のことば」 (宮本威 訳著)
*「十字架は丘の上に」 (山本芳助 訳)(山陰地方で証しされた看護師の記録)
 以上は「いのちのことば社」発行。
*「十字架の福音」(小川宣嗣 訳)
本書は「インマヌエル出版局」発行。

さて、私が初めて読んで、心に刻まれたのは、「十字架の勝利」(エーリヒ・ザウアー著)の中で、「ゴルゴタ丘上の決戦」 でした。当時、小生には心理的・頭脳的に入ってきました。本当に十字架の恵みに与る前の恵みで先行的恩寵であった。
 第四章  ゴルゴダの丘上の決戦  (項目を紹介する)

1.神にとっての十字架の意義

 十字架は勝利であり復活は凱旋である。神にとっての十字架は、
(1)神の愛の最高の証明である
 それは十字架において、すべての生命の主が、御自分の最も愛する者、ひとり子、仲保音、造られた万物の世継を、死の手に委 ねられたからである(ヘブル1:2・3)
(2)(神の義の最大の証明である)
 それは神の義を示すためご自分のひとり子さえ惜しまなかったからである。
(3)(神の富の最も驚くべき増大である)  神にとって教会が御自分の栄光を啓示するための機関である(エペソ3:10・11)。

2.キリストと神とにとっての十字架の意義

 キリストと神にとって十字架は、
(1)神の(権威)の最高の認証である。
 それは御子は十字架の死に至るまで従われたからである(ビリビ2:8)。 (2)神を信頼する(借仰)の最高の完成。
 それはキリストは信仰の導き手、完成者となられたからである(ヘブル12:2)。
(3)神の〈善意)の最も決定的な拡大。
(4)御子に対する御父の(愛)が限りなく続く基礎である(ヨハネ10:17)。
(5)キリスト御自身にとっては十字架は、(愛と権能)という御自分の位置から、勝利者の位置に変貌されるための道。
(6)十字架は(購われた教会)を所有したもうための道である。
(7)我々に対する関係から見て、神の子の愛の最も驚くべき表現である。(エペソ5:25、ガラテヤ2:20)

3.我々にとっての十字架の意義

(1)個人的な面
 個人にとっては十字架は二重の意味を持っている。その基礎について、
 《義認の基礎》
  キリストは人々に代わってそれらの罪を負われ信仰によって義と認めた(第一ペテロ2:24)
 《聖化の基礎》
  罪から救われた者にとって十字架はさらに、聖化の基礎である。ガラテヤ人への手紙2章20節、3章13節、6章14節など。
(2)団体的な面
 団体としての人類にとっても、十字架によって、全く新しい秩序が始まった。すなわち次の三つの点である。
 *内的には《律法の除去》によって、レビ記の律法全体が無効となった。キリストは十字架により、
  「律法の終わり」となられ(ローマ10:4)更にすぐれた新しい契約の保証ともなられた(ヘブル7:22)。
 *外的には《すべての民族を救いに入れること》によって、「隔ての壁」がなくなり、「キリストの平和」が
  もたらされる(エペソ2:14他)。
 *一般的には《十字架につけられた御方の宇宙的な勝利》によって、悪魔の力に勝利した。  以上

皆様方の十字架に対する信仰にお役に立てれば幸いである。勝利を祈りつつ。


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