『愛の実質と愛の行為』



【聖句】
『愛には偽りがあってはなりません。・・・ 愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。
・・・悪に負けてはいけません。かえって善をもって悪に打ち勝ちなさい。』
                                     ローマ12章・9〜21節


日本語の「愛」という青葉は、この世にウンザリするほど溢れています。しかしその実体のほうはお寒い限りです。
「愛」という青葉は、明治時代に聖書を翻訳する時に初めて漢文から引用されました。
それまで日本語には「愛」の言葉はありませんでした。この「愛」を表現する言葉が貧弱で非常に未成熟なまま
今日に至っています。
新約聖書の原語であるギリシャ語では、四種類に区別されます。
@エロース(異性間をひき合う力として働く性愛)
Aストルゲー(内親愛、骨肉の愛)で、この二つは新約聖書の中では用いられていません。
新約聖書では、Bフィリア (人間的愛、友愛、博愛、人情的愛、交流し合う愛)
Cアガペー(神の愛、超自然的な愛)の二種類です。人間は本来は「神のかたち」にかたどって
創造された存在でしたが、神の命令に背き、神との愛の交わりを拒み、罪を犯した結果、
人間は罪のとりこになりました。即ち、Cのアガペーの愛を失ったために@ABも罪に汚染され、
歪んだものとなってしまいました。ここに人生のすべての悲惨さの根本原因があります。
人間の心の真相は、結婚を始めとして、すべての人間関係がうまくいかす、欲しないにもかかわらず
結果的には裏切り合い、傷つけ合わずにはいられない、そんな悩みを心に秘めた生きかたに陥っているのです。
そんな私達に神様は真の愛(アガペー)を示し、注がれました。それこそイエス様の「十字架」による贖罪の恵みでした。
私達はその測り知れない主の恩恵を受けました。
パウロはローマ12章において、心が一新され変貌し、神の愛の恩寵を示しました。

【1】愛の実質への変貌(9〜12)

この愛こそ、キリストにある生命的共同体と密接に結合し、クリスチャンの一体性が実際的になるのです。
愛の本質とは
@偽りのない愛、A純潔な愛、B兄弟姉妹の愛、C謙虚な愛、D勤勉忠実な愛、
E御霊に燃える愛、F主に奉仕する愛、G望みのある愛、H患難に堪える愛、I祈り深い愛
願わくは愛の本質がアナタの性質となりますよう切望します。

【2】愛の行為への勧告(13〜21)

心にあるものは、いつかは外に現われます。全き愛に本質的に変貌しているなら、当然、愛は私達の行動に表現され、
共に生きることでもあります。愛の行為とは
@生徒の入用に協力する愛
A旅人・巡回師をもてなす愛
B迫害者への愛
キリストにある兄弟姉妹に対してばかりではなく、一般の人々にも向けられます。
C共向体としての愛
一緒に喜びなさい。一緒に泣きなさい。
D多様性なる愛(一つ心に…)
一人一人に注がれた神の愛は、各々の性格により、愛の現われ方は違います。
そこに多様性の愛の一致があります。
E一般の人々への愛(誰に対しても…)
イエス様は、マタイ5章38章〜48章で語られました。聖句を開いてください。
F平和を保つ愛(すべての人と平和・・・すべての人と平和に過ごすことも、愛の行為の一つですから、
あらゆる努力をしなければならない。相手が問題ではありません。平和が現実に可能かどうかが問題ではない。
アナタが平和への努力を
G復讐しない愛
復讐や報いは、神様ご自身がなさることであり、教会員は神様にすべてを委任すれば良いのです。神に信頼しなさい。
H敵に善を行う愛
ただ復讐は神様に委ねるだけでなく、敵対者に対して善を積極的に行なう。
S行動する愛
「悪に負けてはいけません。善をもって悪に打ち勝ちなさい」と勝利の約束を信じて行動していくことです。
結論は、このアガペーの愛は、教会内の人間関係だけでなく、社会の全領域に展開し、実践きれて行くのです。(牧)



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