『歓喜する六つの賛美歌』



【聖句】
『いと高き所に、栄光が神にあるように、地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。』
                                         ルカ2章14節


今年の御降誕節期の礼拝講壇は、旧新約聖書より「契約」という角度から、主イエス様の御誕生を洞察し信仰を深めました。 月報「聖宜」では、ルカの福音書一、二章から六つの讃歌を学び、畏敬の中にある歓喜を黙想し、信仰の喜悦としよう。

1.御使いによる賛美(アベ・マリヤ)
       (ルカ1:30〜35)
マリヤは御使いよりイエス様を産むことの告知をうける。彼女は「どうしてそのような事になりえましょう」と言う。不信仰からではなく、意外さにその理由を尋ねた。御使いの説明は聖霊の力と神の全能によることでした(35、37節)。マリヤの応答は大いなる信仰、献身的な服従でした。とても理性では判断できない事をも、神の言葉であるが故に信じ、神の約束と特権を自分のものと言われるままに把握し、婚約者のヨセフからの誤解、世の人からのあざけりを受けても、神の御旨に従った。「本当に私は主のはしためです。どうぞ、あなたのお言葉どおりこの身になりますように」。すべての信仰には、人の誤解や迫害を受ける覚悟を必要とする。この覚悟と勇気をもって信じる者だけが、祝福を受ける。

2.エリサベツの賛歌(1:41〜45)
エリサベツはマリヤが御使いの告知を語る前に、聖霊に感じて処女懐妊を見抜き祝福した。しかもマリヤをメシヤ(救主)の母と認識した。現在も、処女懐妊は、議論で解決は不可。知恵と黙示の霊である。

3.マリヤの讃歌(マグニフィカート)
       (ルカ1:46〜55)
マリヤの信仰と心が凝縮した賛美である。信仰の讃歌、神の全能とその聖さ、憐れみの深さ、統治する神を歌うことができた。
この讃歌は、ハンナがサムエルを与えられた時の歌の引用である。いかにマリヤは聖書を常に愛読し、救い主を待望していたかを語るものである。

4.ザカリヤの讃歌(ベネディクトゥス)
         (1:68〜79)
ザカリヤは、主の御使いから「あなたの願いは聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。」と言われたが、信じることが出来なかった。御使いガプリエルは「あなたは、おしになって、ものが言えなくなります。私の言葉を信じなかったからです」と、彼は不信仰のためにおしとされた。彼は十ケ月間、耳と口の障害者となった。
彼はこの間、神と深く交わったに相違ない。そして今、彼のロが開かれるや、ダムの水が一度に出るように、賛美が彼の口からあふれ出た。彼は聖霊に満たされ、預言して、メシヤの救いの恵みを賛美した。

ザカリヤ讃歌の内容について
イエス様の購い主、救い主であることに関して、神様は約束を守られる誠実な方、又、憐れみ深い方であることに賛美した。
メシヤの救いは、第一に「罪の赦しによる救い」であり、第二に「敵の手(サタンの手)から救い出す」救いである。第三には「生涯のすべての日に、きよく正しく主の御前に仕える」と、天に帰るまで栄光の主に仕える光栄た与るのである。
「きよく」とは心の純潔、「正しく」とは言行の正しさを意味する。即ち、きよめられて濁りのない心と、言行一致をもった正しい生涯をもって、終生ご奉仕に愛と喜びをもって歩むことができる。

5.御使いと天の軍勢の賛美(グロリヤ・イン・エクセルシス)2:14
キリストの降誕の目的(贖罪の目的)は、天に栄光・地に平和・人に喜びという天と地と人への祝福である。「御心にかなう人々」とは、今も信じる者に成就されるのである。格別に、「地に平和が希求」されるのではないでしょうか。
先ず、「平和」は、罪人なる人間が神との和解がある。その和解の仲介者なる主イエス様の十字架の愛の橋をわたることである。イエス・キリストを信じて、罪が赦され、キリストの平和を得る。
キリストの平和とは何か。
@キリストのゆえに与えられる平和
(クリスチャンのみの特権!)
Aキリストのくださる平和
(受け身の側に与えられる)
Bキリストからくる平和
(キリスト内住のゆえの聖霊の実)
Cキリストがもっておられる平和
「キリストの平和が、あなた方の心を支配するようにしなさい」(コロサイ3:14)と、内的平和が一人ひとりが経験することである。そしてクリスチャンこそが「平和をつくる者」なのである。

6.シメオンの讃歌(2:29〜32)
老シメオンは幼子を抱いて、聖霊に感じて超越したメシヤ観を示したのである。


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