『第1回四国聖化大会を迎えて』
−聖化と宣教の年−
【聖句】
『イエスは彼らに言われた。『来なさい。そうすればわかります。』
‥・ナタナエルはピリボに言った。『ナザレから何の良いものが出る
だろう。』ピリボは言った。『来て、そして、見なさい』
(ヨハネ1章39、46節)
昨年6月10日、岡山聖化交友会・四国支部は、工藤弘雄会長を講師に
迎えて立ち上げを許され、9月には「四国聖化交友会」へと格上げされた。
委員は、唐渡弘師、川上新一師、芦田道夫師、渕上行道師、西本耕一師、
小生の、合わせて6名という少数だった。
新年を迎えると、最も共感共鳴されていた西本師が転出され、
一抹の不安も覚えたが、聖霊の助け・導きの中に、第1回四国聖化大会に
向かうことになった。
5月上旬には、ポスター(岸本兄作成)、案内状を、45人(四国のきよめグループ教会)
の先生方に送付した。大会当日2週間前となった現在は、2回の集会プログラムも
決まって、大会を祈り待ち望む状況にある。
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昨今、この大会に関する反応が入ってくる。
例えば、きわめて少数だが、聖化の集会を待望しておられたというもの、
また、少数の集会だろうから難しいのではないか、という意見も届いている。
「聖宣」5月号には、『聖化とは一体何だろうか」と言う文を書いたが、
再確認していただければ幸いだ。
【1】洗礼ヨハネの奉仕
バプテスマのヨハネは祭司ザカリヤとその妻エリサベツの老年に誕生し、
そこで神のことばを受けた。すると、彼の説教を聞こうと多くの群衆が押しかけ、
聞いた者の多くは罪を告白して、ヨルダン川で洗礼ヨハネからバブテスマを受けた。
ヨハネは、自分を、後から来られる方の道備えをする先駆者にすぎないと宣言した。
彼はヨルダン川でイエス様に水のバブテスマを授けた。
その後、イエス様を「聖霊と火のバブテスマを授ける方」として紹介した。
「ヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、イエスが歩いて行かれるのを見て、
『見よ、神の子羊。』と言った。」(ヨハネ1章35、36)
洗礼ヨハネに言われて、彼の二人の弟子がイエス様について行くと、
イエス様は「あなた方は何を求めているのですか。」とたずねられた。
彼らは「先生。今どこにお泊りですか。」と言った。
その時に「来なさい。そうすればわかります。」と、イエス様は2人の者、
すなわち洗礼ヨハネの弟子アンデレとヨハネ(ヨハネの福音書の著者)に言われた。
洗礼ヨハネは、自分の弟子二人をきっぱりとイエス様の弟子に切り替えた。
そこには自分の使命を自覚して忠実に生きた姿が見える。
そして、彼の偉大な奉仕を表わしている。
私たちはクリスチャンであるゆえ、洗礼ヨハネのように、先駆者的なパイオニアの
奉仕を求められている。私たちは家族、友人、知人に主イエスを紹介したい。
【2】イエス様のみことば
イエス様は、二人が求めているものが物質的なものではなく、人格的なもの、
霊的なものであることを知っておられた。しかし二人は、イエス様を
救い主(神の子羊)ではなくラビ(先生)と呼んだ。
彼らは主とひざを交えて語り合いいろいろと先生から親しく教えを受けることを
願っていたと思われる。イエス様に「来なさい。そうすればわかります。」と言われた二人は、
イエス様に従う決意をもってついて行った。特にアンデレは「メシヤ(キリスト)に出会った」
と証しするほどの体験をし、主の弟子となったピリボは、友人ナタナエルに
「来て、そして、見なさい」とイエス様を紹介した。
私たちは、アンデレやピリボから教えられる。彼らがイエス様に出会ったことが、
家族や友人達の新しい生涯のスター卜となった。
私たちも、イエス様を信じて罪が赦され、義とされた喜びを、誰かに伝える責任が
あるのではないか。主から受けた恵みは証しされなければならない。
もちろん、人の魂を導くことができるのは、自分自身がイエス様に従い続け、
イエス様と交わっていることが大切である。
聖霊がなさりたく願っておられることに敏感になろう。
【3】四国塑化大会準備完了
こうした大きな大会や聖会には、多くの祈りと準備がなされている。その目的は、
ひとりひとりの魂が罪から救われ、きよめられて、主イエスの御姿を目指していこうと
いうことだ。私たちは、恵みのうちに参加が許されるなら、神に感謝したい。
また、やむを得ぬ事情で参加が許されず、他の方法で埋め合わせるなら、それも感謝なのである。
今回はセミナーにおいて「聖化の転機」を学ぶことになった。ひとりひとりが
「聖化」(アポット著、竿代照夫訳)を購入され、ともに読み学び、聖会テーマの
「聖化の喜び」を体験させていただこう。
「わたしはあなたがたの神、主であるからだ。