『結婚式のメッセージ』
−聖化と宣教の年−
【聖句】
『それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。
この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。』
(エペソ5章31・32節)
このたび、主の導きを受け、7月21目に結婚式が執り行われた。
そのときのメッセージを掲載するので、すでに結婚されている兄姉、
これから結婚を考えている方々は、今一度「結婚」とは何かを考える機会としていただきたい。
まず、「誓約」の前に述べた「キリスト教の結婚について」を、続いて、メッセージを掲載したい。
「キリスト教の結婚について」
結婚式とは、結ばれた男女が生涯夫婦となることを約束し、社会的承認と祝福を受ける大事な儀式です。
キリスト教の結婚式では「二人は神が合わせたもうたものである」という信仰に基づいてなされます。
お見合い結婚、恋愛結婚、いずれの場合でもそこには神の摂理が働いているという信仰に
基づいているわけです。また、結婚式では、新郎新婦が「神と証人の前で」お互いに夫婦の誓約を
結ぶことに意義があります。お二人には、神に示された社会への務めの愛を実践する場としての
家庭を築き、互いに信じ、愛し合い、誠実を示すことを、イエス・キリストの名において
誓約していただくのです。また結婚式に出席する人々は、証人として神の前に立ち会う人々です。
聖書を通して、神は愛と真理の御言葉をもっており、お二人の新しい門出を祝福し、その生活を守り、
導きたもうことでしょう。
メッセージ
私は司式者の特権として、皆様方より早く、結婚されたお二人にお祝いの言葉を
述べさせて頂けますことを、大変光栄に感じ感謝しております。
教会における結婚式で、必ず読まれる新約聖書の箇所は2つあります。
第一は、コリント人への手紙第一の13章です。
この章は「まことの愛」「愛の賛歌」を教えます。
第二は、エペソ人への手紙の5章です。この章は「結婚そのものについての聖書の中心的な教え」です。
この2つの手紙から、@愛について、A結婚の目的について、B結婚の奥義(神秘)について、お話致します。
(1)『愛』について
新約聖書に頻繁に用いられている語は、2種類の「愛」です。それはギリシャ語で「フィリア」と
「アガペー」です。「フィリア」は、自然的な人間的な愛で、友人愛、親子愛、夫婦愛、
また真実な恋愛などです。それは、相手と自分との間の往復運動です。
ですから、無意識にせよ、返礼を期待する愛です。…だから、もし…してくれたら、愛する。
しかし、お互いの均衡が破れると、相互の関係が破れます。
「アガペー」は、人情的な愛のレベルを超えた愛で、その源泉は神にあるのです。
神から出て、人に向かって出て行く愛。一方通行の愛。それでも…と、相手の存在そのものを大切にする心、
それを全人格的に行動をもって現すことまでも含みます。
人間は本来は、創世記1章に『神のかたち』にかたどって創造された存在ですから、神との愛の交わりを
通して相手を愛するのです。
しかし、人間は罪を持ち、罪の支配下にありますから、神の愛がありません。
ですから、人間は結婚をはじめとして、すべての人間関係を壊してしまうのです。
でも、私たちに神様は『まことの愛』を示し、注がれました。
それこそ、聖書の中心であるイエス・キリストの「十字架」による「贖罪」(罪のあがない、罪の赦し)
の恵みです。この十字架の愛こそ、神の愛であり、アガペーの愛です!この愛こそ!
コリント第一の13章です。アーメン。
(2)『結婚の目的』について
エペソ人への手紙5章31〜33節を、もう一度拝読致します。
@「人はその父と母を離れ」ることの意味は、まさに新しい家庭の建設・創造″のためです。
家と家が結婚するのではなく、新しい家庭を造る、つまり、二人の協力によって新しい
『家風』が造り出されていくのです。お互いの育った家庭環境は参考にするなら良いでしょうが、
自分が育った家庭環境をそのまま一方的に『新家庭』に持ち込まないことです。
二人で折り合い、共同で丁寧に丁寧に育てていくものです。
A「妻と結ばれ」るとは、「新しい人格の創造」です。人格というものは、他者との人格的交流によって
築き上げられます。結婚関係は「結合する関係」「結び合う関係」ですから、真実な愛による交流は、
円満にして高潔な人格を築き上げていきます。真実な愛、純粋な愛を土台とする交わりを通して、
お互いに成長し、また相手の成長を助けます。これこそ、結婚の目的の最高のものと言うことが出来ます。
B「二人は一心同体となる」とは、「新しいいのちの創造」です。新しいいのちの誕生は、
親自身の人格の変化をもたらし.人格的に成長します。勿論、子の誕生だけが「新しいいのちの創造」
ではありません。その人格的成長のプロセスに積極的に関わることが、『新しい生命の創造』の
わざであり、そして経験できることは、結婚によって与えられる祝福です。
誤解のないように申し添えますが、真実・純粋な、自己犠牲的な愛は、終生を独身で過ごす方々にも、
聖書は肯定し賞賛するものです。
(3) 『結婚の奥義』について
「この奥義は偉大です」と、結婚の奥義と、キリスト信仰の奥義は、数学で言うと、
相似的関係にあります。教会に対するキリストの自己犠牲、十字架の犠牲に満ちた神の愛(アガペー)
贖罪愛がクリスチャン夫婦の愛の源泉なのです。ですから夫の妻に対する愛は、犠牲的で、
相手のために尽くし、相手を建て上げ、育て養うものです。
また、妻の夫に対する態度は、教会がキリストを恐れ、キリストに従うように、心から喜んで従うのです。
この愛と服従のあるところ、夫婦の一致があり、教会の土台としてクリスチャン家庭の建設が
行われるのです。
(結び)
夫と妻との相互の愛と服従と誠実とがあって、クリスチャン・ホームは磐石となり、
この地上における最も聖なる幸いな小単位・ユニットとなるのです。
最後に一言ですが、アガペーの愛を発見し経験してからの贈り物として受けて、愛し合い
赦し合い、他の人を愛する人になって頂きたい。私は背後からお祈りさせて頂きます。