礼拝メモ

2008年 4月27日   愛と信仰と奉仕と忍耐
ヨハネの黙示録2章18〜29節
…はじめに‥‥
7つの教会への手紙のうち4番目に見ていくのは、テアテラの教会への手紙である。神の 御子なる主イエス様は、良い点、悪い点それぞれに注目しておられる。
【1】 健全な信仰の教会
「あなたの行ないと」の「と」とは、ギリシャ語では≠キなわち≠ニいう意味である。つ まりこの箇所は、「あなたの行ない≠キなわち≠なたの愛と信仰と奉仕と忍耐」と読む。 それではまず、「愛と信仰」から触れてみよう。
バイブルが教える愛は、かわいそうだから、哀れだから助けてあげようといった人道主義 的な愛を基準にしたものではない。神は愛である。「神は、実に、そのひとり子をお与えに なったほどに、世を愛された。」(ヨハネ3:16)その愛は、コリント第一の手紙13章に おいて「愛は寛容であり、愛は親切です。・・」と語られている通りである。
信仰とは、罪と罪過の中に死んでいた者であった私たちが、主イエス・キリストを信じる ことによって罪を赦され、義とされたことをいう。すなわち、「義人は信仰によって生きる」 (ルター、ウユスレーの体験)のであり、この愛と信仰とが車の両輪のようになって、健全 な愛、健全な信仰を導く。そして、こうして導きもたらされた健全な愛、健全な信仰が、ク リスチャンに教会に、神のための奉仕と忍耐を生み出し、実を結ぶ。現代人の多くは忍耐が できない。自分の思いに時々迷ったり、嫌だな、辛いなと思っても、忍耐することが大切だ。 テアテラの教会は、愛と信仰、奉仕と忍耐による行ないにおいて成長していたのである。
【2】 問題点の存在
イゼベルという女(アハブ王の妻)のことが取り上げられている。彼女は旧約聖書におけ る3大悪妻(他に、預言者ホセアの妻ゴメルとヨブの妻)の1人で、イスラエルの民たちを 真の神から引き離し、不品行を行なわせた。もちろん、テアテラの教会のすべての人々がイ ゼベルの教えに惑わされたのではない。「サタンの深いところ」(異端の教え、グノーシス主 義、魂と肉体を分離する考え)を知らない人々は残された。彼女の教えは、魂は神の霊でも、 肉体は不品行や罪を犯しても大丈夫だというものだった。こうした異端の教えは、いつの時 代でも教会に入ってくる。
【3】 神のチャンス
ここで神は「悔い改め」という道を示された。人間が本当に神を信じていこうとするその 第一歩は、「悔い改め」なのであり、これ以外にはない。「悔い改め」とは、自分が行なって きた今までの具体的な罪を列挙して、神に話し、救い主キリストを信じることである。つま り「悔い改め」とは、お詫びと赦しの確信と、それにもとづく行ないなのである。これがな いと、神からの祝福はない。
「悔い改め」の時に一番大切なことは、謙遜な心になる、つまり砕かれることである。堅 い強情な心や頑固な心でいると、「悔い改め」はできない.神の前に無条件降伏することこ そ、「悔い改め」の導きなのである。
イゼベルに対して神は裁きを与えるとおおせられた。しかし神は、今でも私たちに「悔い 改め」のチャンスを与えてくださっている。それが恵みなのである。
【4】 悔い改める者への祝福(c f.ローマ8:37〜39)
@イエス様とともに諸国民を支配する権威が与えられる。
Aイエス様とともに明けの明星を与えられる。
<結び>
私たちは、「悔い改め」によって、この世を支配し働いているサタン、罪の力に決定的な 勝利を得る。