礼拝メモ

2008年 5月18日   目をさましなさい
ヨハネの黙示録3章1〜6節
…はじめに‥・
サルデス市は、A.D.17年の地震で街を破壊されたが、のち再建された。そして、毛 織物、染色技術によって裕福な都市となり、大いに繁栄した。しかし、道徳的には乱れてお り、軟弱で退廃ムードに満ちていた。そのような状況の中で、この都市にある教会のクリス チャンは、そうした社会と同じ生き方をすることなく、イエス様を信じる生き方を実践して 行かなければならなかった。ここでは激しい迫害はなかったものの、むしろ教会内部に問題 があり、無気力な信仰のゆえに、復活された主イエスに、「目をさましなさい」、「日をさま さなければ」と警告されている。
【1】 目をさましなさい
(1節)サルデスの教会は沈滞していたゆえに、「あなたは生きているが、実は死んでい る」と復活の主に語られた。教会には世の中の力が入ってきて、信仰が居眠り状態になって いた。信仰生活にとって重要な条件は、「目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。 男らしく、強くありなさい。」(Iコリント16:13)と霊的に目覚めていることである。 また、霊的に目覚めているクリスチャンには、死にかけている他のクリスチャンたちを力づ ける使命が与えられている。死にかけている、名ばかりになっている信仰者は、いざ起き上 がってやろうと思っても、できない。ちょうど、サムソン的なクリスチャンであり、それで はいけないと思う。
(2節)彼らの行ないは、神の御前で全うされていなかった。つまり、信仰の火が消えか かって不活発で、眠ってしまった信仰者には、彼らの信仰の問題を成し遂げられない。中途 半端で自己満足し、適当に見切りをつけて妥協する信仰生活になり、神の御前に完成し円熟 した借仰に到達できない。事なかれではいけない。仮に「私には恵みです。満足です」と 小成に安んじる≠フであれば、聖書の神ではない(ピリピ3:14)。霊的に目覚めて、 いのちのある信仰者になると、黙っていても活動する。幼いクリスチャンではなく、恵みに 成長していく者となる。
(3節)信仰が生き返るためには、原点に立ち返ることである。キリストの福音を、聞い て受け入れた時から現在に至るまで思い続けて、しっかりと堅く守り通すことである。「今、 私は眠っている。名ばかりだ。」と自覚した方は、悔い改めて、永遠の御霊によって、キリ ストを仰いでいただきたい。キリストの「血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ 行ないから離れさせ、生ける神に仕える者」(へプル9:14)にしてくださるからだ。
【2】 白い衣を着て歩む
サルデスの教会には眠っている信者が多かったのだが、その中にも、白の衣を着た数人の、 目覚めた、実質のあるクリスチャンがいた。「白い衣」とは、心の状態である。天国へ行 ってから白い衣を着る≠フではない。キリストの十字架が私の罪を全部背負ってくださった ことで、もはや私は永遠に神の怒りを受けることがないと信じるからこそ、勝利、復活の象 徴である「白い衣」を着ることができるのである。サルデスの数人のクリスチャンは、「白 い衣を着て」キリストとともに歩むことができた。私たちにとって、神の怒りの対象ではな く、永遠のいのちをいただいて、納得のいく人生を送り、しっかりとした確信に立って生き ていることが、「白い衣」を着せられた生涯なのである。
<結び>
@信仰の眠りから目覚めよう。
Aキリストとともに「勝利と栄光の衣」を着て歩もう。