| 2008年10月5日 成長したクリスチャン |
| ローマ書15章1〜13節 …はじめに・‥ パウロは14章で、「信仰の弱い者と強い者」の問題を取り上げ、キリスト者の信仰によ る確信と、他者に対する愛の配慮を語った。そして、続く15章では、「信仰の弱い者と強 い者」はともにキリストを模範として主にならうように、と教えている。それは、一つの教 会全体がキリストにあって一致し、また神があがめられるためである。 【1】 他者の重荷を負うこと(1〜3節) 力のある強いキリスト者とは、信仰の理解力ばかりではなく、信仰のあり方や立場におい ても力がある者たちのことである。「になう」とは、重荷などをともに背負って運ぶことで ある(ガラテヤ6:2)。十字架を負うとか、重荷を負うという意味で、聖書ではよく使わ れる。ここでは、力のある者は食物のことなど信仰に関係がないと考えており、一方で弱い 者は食物に関心があるものの、ともに関心を持ち、ともに重荷を負うことが必要であると説 かれている。もちろん、力ある者たちには、霊的・倫理的・社会的に弱い立場にある他のキ リスト者たちのその弱さを背負って、ともに生きる義務がある。その弱さをになうのは、「自 分を喜ばせる」ためではなく、隣人を喜ばせ、徳を高め、益を図るためである。そうするこ とで、自らの満足や歓心、利益を追求せずに、他のキリスト者の益を図り、彼らに真の喜び を与えることができる。その最高の模範こそが、キリストであられる(3節)! 【2】 神から忍耐と励ましを受ける(4〜6節) 旧約聖書の時代において、忍耐と励ましによって、神は民に希望を与えておられた。そし て現脚こおいても、どんなに困難があっても忍耐し、神から慰めと励ましを与えられながら 進む私たちに、神は希望を与えてくださる。「忍耐」とは…。「励まし」とは…。 パウロの勧めは、5節で祈りとなる。その祈りは、神が「忍耐の神と励ましの神」である ゆえに、キリスト者相互に一致の心が与えられるようにというものである。キリスト者の思 い、心の一致は、「キリスト・イエスにふさわしく(…ならって、…従って)」生まれてくる ものである。すなわち、キリストにあって一致するとは、キリストの御心に従うとき、そこ に一致の心が生まれることをいう。またパウロの祈りは、各個人が強い者、弱い者というよ うな違いがあっても、キリストの御心に一致し、一つの心を持つようにという・ものである。 それは、愛による一致のスピリット、御霊の一致である。 【3】 他者を受け入れる(7〜13節) 特に強調されている御言葉は「受け入れなさい」である。パウロは、神がユダヤ人と異邦 人を受け入れたように、キリスト者もお互いに神の栄光のために「快く交わりの中に迎え入 れなさい」「歓迎しなさい」と言う。それが神の御心であり、キリストの教えられた模範に 従うことにもなる。 (8節)キリストは、割礼のあるユダヤ民族に仕える僕として、ご自身を現わされた。それ は、先祖たちに与えられた約束、すなわち、神がアブラハムをはじめ族長たちに与えられた 諸々の約束(神の民、宝の民…)を保証するためであった。そして、実に「神の真理」、神 の真実を明らかにした。 (9〜12節)パウロは、キリストが異邦人に対する神のあわれみを現されたことを、旧約 の御言葉を引用して論証した。特に12節において、異邦人がキリストに希望をおいている ことは明らかである。ユダヤ人キリスト者たちも、神の御計画と異邦人キリスト者たちの希 望を正しく理解して、心から彼らを迎え入れ、温かく交わっていかねばならない。 <結び>13節の祈りが一つのまとめの役割を果たしている。 希望の神の祝福は、 @ 喜びと平和をもって、私たちを満たしてくださる。 A 聖霊の力によって、私たちを望みに溢れさせてくださる。 |