礼拝メモ

2008年11月2日   眠った人々のことについては…
テサロニケ第一4章13〜18節
…はじめに・‥
徳島教会に関係された召天者名簿をご確認頂きたい(週報挟み込み)。召天者のために何 かをしてあげなければならないという考え方は、聖書の教えからは出てこない。天国にいる 故人を思い、神に祈ることだけが、私たちに残された唯一の大切な記念の方法である。
日々祈り、聖日に教会で祈り、常に召天者を心の中で記念している、遺された兄姉には、 特別な記念式を持つことに違和感を覚えるかもしれない。この記念式礼拝では、天国のこと や遺族の方々のこの世の生き方に関するものを聖書から学びたい。そして、学んだことを私 たちは活かし、希望と愛をもって生きていくのである。
【1】 眠った人々に対するクリスチャンの姿勢(13節)
パウロは死者に関して、やさしい、遠まわしの表現を用いて、「眠った人々」と呼んだ。 クリスチャンたちは、キリストにあって眠ったゆえに、世の人々が愛する者の死に直面して 悲哀や失望に陥るような悲しみには沈むべきではない、とパウロは言う。なぜならクリスチ ャンは、神にある確信を持ってキリストと共にあるので、悲哀に耐えうる力、困難に打ち勝 つ力を持っているからである。
【2】 クリスチャンの希望の原点(14〜15節)
主の復活は、コリント第−15章に、雄大なスケール、広大なパノラマの情景で示されて いる.また同輩には、クリスチャンの復活に対する希望も展開されている。ぜひとも!読ん で頂きたい.信仰者の望みは、「キリストの死と復活」という事実に、その確実な基盤を持 っている.そこで、救い主イエス・キリストはどのような御方であられるかを『使徒信条』 から学ばせて頂こう。賛美歌の表紙裏をご覧頂きたい。
@ 天地創造の神、全能の神、父なる神
A 神の御子・救い主キリストの誕生(マリヤの胎は、聖霊によって身重となる)
B キリストの十字架の死
C キリストの死からの復活
D キリスト復活後の昇天
E キリストの再臨
F 全能の神が、キリストの代わりに遣わされた聖霊
ここに、父なる神・子なる神・聖霊なる神が三位一体の神として表われている。 要約すると、すでに眠ったクリスチャンは、イエス様御自身の死と復活を通して、イエス 様と共に連れて来られる.それゆえに、テサロニケ教会の人々が悲しみに沈む必要はないと、 パウロは断言するのである。
【3】 私たちの主キリストの来臨(15〜18節)
ここでのパウロの最大の関心事は、主キリストの来臨を待ち望みつつ、今は恵みの中に生 き、イエス様のご支配に信頼して信仰生活を送ることを、宇宙大の視点に立って、教会に力 強くメッセージすることであった。主の来臨は、号令、声、ラッパの3つの現象で始まる。 その時、キリストにある死者が復活し、次に、生き残っている者が引き上げられる。主キリ ストは天から降り、信仰者たちは天に昇る(教理的には、地上携挙、空中再臨と呼ぶ)。
<結び>パウロは次の2つのことを言っている。
@ 「私たちは、いっまでも主と共にいる」(17、節)この御言葉こそ、この箇所のクライ マックスである。クリスチャンは、天国にあって永遠に主と共にいるという、栄光に満 ちた望みの中に生きている。
A 「互いに慰め合いなさい。」(18節)私たちは、主の言葉に基づき、キリストの死と復 活を中心として、消極的なあきらめではなく、力強く積極的に生きよう。