礼拝メモ

2008年11月30日   御使いとエリザベツの賛歌
ルカ1章26〜45節

・・はじめに・・
アドベント(ラテン語:Adventus)=「待降節」は、聖誕に備える教会暦の期間の ことで、キリストの初臨と再臨の両方についての「来臨、表われ」を意味する語である。聖 誕を迎えるにあたって私たちは、ルカ1章・2章から神への賛歌を学ぶことを通して、恐れ の中にある歓喜を黙想し、霊的情操を豊かにし、きよめの成長の恩寵手段としたい。
ここに6つの賛歌がある。
@御使いによる賛歌(1:30〜33)「アベ・マリヤ」
Aエリザベツの賛歌(1:41〜45)「ペアティテユート」
Bマリヤの賛歌(1:46〜55)「マグニフイカート」
Cザカリヤの賛歌(1:68〜79)「ベネディクトタス」
D御使いと天の軍勢による賛歌(2:14)「グロ一リヤ・イン・エクセルシス」
Eシメオンの賛歌(2:29〜31)「ヌンク・ディミテイス」

【1】 マリヤへの告知(26〜38節)

マリヤはヨセフと「いいなづけ」の関係であった。それなのに、御使いガブリエルによって 告げられた28節の内容は、マリヤにとっては驚きであった。神は私たちに大切なことを告 げる時に、しばしば思いがけない人を用意されることがある。私たちは、神が用意して下さ った、神の御使いの声を聞き分ける必要がある。
神の子の誕生の内容は、まず31節の、名前の告知から始まる。誕生は、神の臨在と圧倒 的な神の恵みにおいて起こるのである。32節は、ルカの福音書の鍵となる言葉である。マ リヤの子がまことの神・人であることを、また、その子が至高者として全世界の支配者とな るということを示している。ここからガブリエルとマリヤの会話が続く。
御使いが告げたことは、生物学上不可能なことであったゆえ、マリヤは「どうして、その ようなこと」が起こるのかと苦悩した。御使いの答えは単純で、明瞭で、美しいものであっ た。聖霊があなたの上に臨みます=@と、聖霊様が人間の父に代わるというものであった。
人間の力をしのぐ、神の力の表明である。天地創造において積極的な働き手であられた聖霊 が、神の子の誕生にも働かれた。ここに受肉降誕が、神の創造の行為として示されたのでる。 「処女降誕において、神は人間生活の中に煉罪的に入って来られたのであり、このことを私 のためにして下さったのだと、人は信じなければならない」(ドナルド・ミラー)。
マリヤの応答は、なんという大いなる信仰、大胆な御言葉の把握、献身的な服従であろう か。信仰には、人の誤解や迫害を受ける覚悟を必要とする。この勇気と覚悟をもって信じる 者だけに、大いなる祝福がある。

【2】 エリザベツの賛歌(41〜45節)

御言葉を確かめるために、マリヤは早速エリザベツのもとへ走った。マリヤの訪問を喜ん だ彼女は、聖霊に満たされて叫んだ。41〜45節をあらためて読んでみよう。マリヤが御 使いの告知について何も語らないうちに、ユリザべツは聖霊を感じて告知の内容を知り、聖 霊に感じて祝福した。その祝福とは、 @マリヤに「胎の実」が早くも宿りつつあること
Aその胎の実が「私の主」であること
Bエリザベツの胎児ヨハネが早くも主を認知したことである。
ここではっきりとさせておくが、「私の主」と呼んだことは、マリヤが「神の母」という ことを意味しない。彼女は、人性をとられたイエス様の地上の母であって、永遠の母ではな い。マリヤは信じたからこそ、「幸いな(祝福された)」と言われたのである。アーメン。 エリザベツはマリヤの信仰の道を正しく祝福したのである。本当に、信仰の友というのは ありがたい。
<結び>
@ 聖霊は、超自然的な神の働き手となられる。
A「イエスは主である」という信仰によってのみ、処女降誕を信じることができる。