| 2005年12月25日 新契約の仲介者 |
| ヘブル書9章11〜28節 9・10章は本書の頂点に達します。旧約と新約の対比をして、主キリスト様の実体と影の相違を示している。 【1】永遠の贖い(11〜14) 【2】新契約の血(15〜22) 【3】三つの顕現(23〜28) 初めの契約の律法は、聖所でのきよめ、贖いを定めたものでした。『しかし天にあるもの自体は、これよりもさらにすぐれたいけにえで、きよめられなければなりません。』との聖句から、新しい契約の血・キリストの血によるきよめでなければならない。 イエス様の十字架の死は代理贖罪という犠牲としての死でした。私たちはこのことの故に感謝します。 |
| 2005年12月11日 わたしの使者・契約の使者 |
| マラキ書3章1〜12節 最後の預言者マラキは質問の形をもって問題を提起した。不信仰の中で呟いた 問題は神の公義の問題です(2章17節) 【1】メシヤの来臨(1〜5) 契約の使者 使者の働き 【2】祝福を阻止する原因(6〜12) 神への復帰 愛の命令 神様は寛容をもってさばき・審判を延期しておられる。神様の愛と真実は人間側の虚偽があっても変わらないのです。罪を悔い改めて神のみもとに帰りなさい。マラキの予言から400年後に洗礼ヨハネの誕生、キリストの降臨を迎える |
| 2005年12月4日 新しい契約を結ぶ |
| エレミヤ書31章31〜37節 本章はエレミヤ書の中でも最も有名な所である。事実彼の預言の頂点を示すものである。この「新しい契約」はヘブル書やコリント第一の背景となっている。 【1】新しい契約の祝福(31〜34) 新しい契約の預言 シナイ契約の破棄 新しい契約の祝福 【2】民を捨てない保証(35〜37) 神の不変の愛の保証 永遠の変わることのない神様の契約のもとに私たちは生かされています。いつまでも変わることのない神様の愛の中にあって、その愛を受け継ぐ者となることが出来ますように・・ |
| 2005年11月27日 上からの知恵は、第一に・・・ |
| ヤコブ3章13〜18節 ヤコブは1章5節で『知恵の欠けた人がいるなら、・・・お与えになる神に願いなさい』と語った。本章では、真の知恵と偽りの知恵について語った。 【1】知恵にふさわしい行為 良い生き方とは 【2】肉に属する知恵 肉の欲とは 【3】上からの知恵 真の知恵とは 見せかけやえこひいきは、すべてをご存じの主の前には空しいものであり通用しません。心に偽りのない純真な愛こそが隔ての壁を打ち破り平和を生み出していきます。主は私たちの心の内にある相反する性質を打ち壊し、一つ心、まったき平和を与えて下さいました。 |
| 2005年11月20日 主の小道は恵みと、まこと |
| 詩篇25篇1〜22節 詩篇の概要 第一巻 1〜41篇 第二巻 42〜72篇 第三巻 73〜89篇 第四巻 90〜106篇 第五巻 107〜150篇 各巻には、表現の意味とともに霊的に比較して学ぶこともできる 『主よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えて下さい』(4節)『天が地よりも高いように、私の道は、あなた方の道よりも高い』(イザヤ55:9)と言われる神の道を私に知らせて下さいと大胆な祈りである。しかし神は『罪人に道を教えられる』(8節)『貧しい者に御自身の道を教えられる』(9節)とあるから、無理な要求ではないのである。特に『主を恐れる人』であるならば『主はその人に選ぶべき道を教えられる』(12節)のである。選ぶべき道は主の道である。どうぞ教えて下さい・・ |
| 2005年11月13日 訓練と忘恩 |
| 申命記8章1〜20節 本書はイスラエル民族が40年の荒野の旅行の終わりに、モアブの地に到着した時に指導者モーセは神の命によって出エジプト及びシナイ宿営当時は青少年であった民たちに律法を再度説いた。 【1】荒野での訓練と警告 【2】恵みの忘恩と警告 『あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった』8:16 どんなに困難な状況にあってもそこから逃げるのではなく信仰によって突き進み、決してあなたの神、主を忘れないように |
| 2005年11月 6日 最も大切なことは・・ |
| コリント第一の手紙15章1〜11節 パウロは「最も大切なこと」の内容について語る。その福音はキリストの十字架の死と死からの復活を中心にして述べる。しかもパウロは福音を伝える自分とメッセージを受け取るコリント教会との生きた関係なる福音内容を語る。 【1】キリストの死 【2】キリストの復活 【3】パウロのあかし 福音のことばを信じることによって救いを得るということが聖書の教えであり私たちの信仰です。もし、みことばを軽んじるなら私たちの信仰は何を信じているのかわからないものになってしまうでしょう。けれどもみことばを心に留め、思い巡らし、みことばに留まり続けるならば、私たちの信仰はいよいよ明らかなものとなり豊かさを増していきます。みことばを重んじ、救いを確かなものとしましょう。 |
| 2005年10月30日 舌のコントロール |
| ヤコブの手紙3章1〜12節 ヤコブは語ることについて注意してきた。(1章19節、26節 2章12節参照)事実この世の多くの事柄は言葉を通してなされ、言葉は大きな実践の道具である。主の言葉のマタイ12章37節を読みましょう。 【1】教師の厳しさ(1〜2) 【2】舌の制御の困難(3〜8) 【3】心の矛盾(9〜12) 『言葉で失敗しない人がいたら、その人は体全体もりっぱに制御できる完全な人です』(2節) 無意識のうちに発せられる不用意な言葉や、配慮のない一言がどれほど多くの人々の心を傷つけ痛みを与えることでしょう。又、他人の一言で立ち上がることができないほどの打撃を受けることもある。言葉はそれだけで先走りをするのでなく、その人の心の中にあるものがそのまま出てくるのです。まず内なる人が聖められ、愛の心に変えられなければなりません。 |
| 2005年10月23日 信仰は行ないによって・・ |
| ヤコブの手紙2章14〜26節 教団創立記念礼拝として、月報「聖宣」十月号一面を読むことに致します。 【1】信仰 【2】行い 【3】信仰と行ないの道 *実証・アブラハムとラハブ 『信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは死んだものです。』(17節) クリスチャンの信仰生活が、つかく教会と家庭の中に限定されているケースが少なくない。教会や家庭では熱心に見えるクリスチャンが職場や地域社会にあっては存在感のないひとりに過ぎないようでは神の栄光は表れない。神を愛し隣人を愛することにおいて、善を行い福音を伝えることにおいて、もっと積極的に行動すべきではないでしょうか。世の光として輝きましょう。 |
| 2005年10月16日 えこひいきと最高律法 |
| ヤコブの手紙2章1〜13節 ヤコブは貧しい者に対する態度を示しつつ、えこひいきする偏見、自由の律法、信仰と行いのことを語った 【1】愛の律法と分け隔てることについて(1〜9) 【2】愛の律法とさばきについて(10〜13) 結びとして、あわれみは、さばきに打ち勝つ。即ち愛の行為は恐れがない 私たちはモーセの律法の元にはありません。自由の律法と呼ばれるキリストの律法の元にあるのです。モーセの律法は、その細目を守ることを要求しますが、自由の律法はそれを守ろうとする人の気質や動機を問題とします。神と人とに対する全人格的な愛があるならば、微細な点で守られているかどうかではなく、その人は自由の律法を成就しているのです。この律法は外面ではゆるやかですが、内面では厳しいのです。 |
| 2005年10月9日 みことばと実行 |
| ヤコブの手紙1章19〜27節 キリスト者とは、イエス・キリスト様の真似事をするために付けられたあだ名です。ですからクリスチャンはイエス様の御跡を辿る信仰生活です。それは、みことばを読み、聞き、行うことです。ヤコブは信仰による実行を強調した。 【1】聞くこと(19〜21) 【2】行うこと(22〜25) 【3】きよく守ること(26〜27) 『心に植えつけられたみことばを、素直に受け入れなさい』(21節) 私たちは読んだり聞いたりして心に植え付けられたみことばがあるはずです。それを素直に受け入れるとはどういうことなのでしょう。それは具体的、実際的な問題に直面したときに、その問題に適用することです。 |
| 2005年10月2日 試練・祈祷・誘惑 |
| ヤコブの手紙1章1〜18節 イエス様の弟ヤコブは、最初イエス様を信じなかったが、主の復活後に信じるに至ったものである。重要な人物になる。 【1】試練と祈祷(1〜8) 試練に会うこと 知恵を求めること 【2】真の富(9〜11) 【3】試練と誘惑(12〜18) 試練 誘惑 上からの贈り物 神様は愛する者を試みられる。様々な試練の中で私たちを訓練し、信仰、忍耐を学ばせられる。愛すればこそ敢えて苦難の中を通させる。それゆえ私たちは思わぬ試みに会う時、神様に愛されていることを覚えよう。 神様は私たちが耐えることのできないような試練を乗り越えた暁には、以前とは全く違った信仰者へと変えられているでしょう |
| 2005年9月4日 過越と聖餐式 |
| マルコ14章12〜26節 過越しの祭りは出エジプト記12章の過越の食事を記念する祭りです。本章では、イエス様を殺す陰謀、イエス様にナルドの香油を注ぐマリヤ、ユダの裏切り、そして最後の晩餐の記録がつづく。 【1】過越とは(出エジプト記12章) 【2】晩餐の準備(12〜16) 【3】最後の晩餐(17〜26) 聖餐の恵みに与ったことを感謝します。イエス様の御からだは、罪の犠牲として父なる神にささげられた裂かれた肉体です。それは主が今、私たちの罪を赦し、私の内なる罪を除くために与えて下さるのです。主はご自身を私の魂の食物とし喜び、生ける力として与えられるのです。イエス様の御血潮は、罪ある人間のさばきの身代わりに罪のない主の命をささげられたことです。その一滴一滴が、永世の贖いの力を持っています。今、尊き血潮をもって、あなたの罪を赦しきよめ、愛と聖き力を注ぎ、歓喜に満ちるのです。 |
| 2005年8月28日 パウロの宣教プラン |
| ローマ書15章22〜33節 栄光に満ちた異邦人伝道と開拓伝道について語り、そのスピリットと成果を明白にしたパウロでした。次に、それらのスピリットに基づく伝道計画を述べた。 【1】パウロの宣教プラン(22〜28) 長期的プラン(イスパニア伝道) バランスのとれた奉仕(25〜28) 【2】聖霊に満された奉仕(29) 【3】パウロの願望(30〜33) 一致という言葉は現代社会においても最も大切なものとして求められているものの一つです。夫婦、家庭、職場、教会、地域にあって一致ということがどのくらい見られるでしょうか。私たちはイエス様によって救われた者たちです。イエス様が私たちを赦して下さり、祈って下さるように、周りの人を受け入れ、祈りましょう。平和をつくる者は幸いです。 |
| 2005年8月21日 パウロの宣教スピリット |
| ローマ書15章14〜21節 パウロは貴い信仰をもっている人々と分け合っている伝道の切迫感とスピリットをあかししている。それはクリスチャンの生活と奉仕の模範でもある 【1】パウロの奉仕(14〜17) パウロの証し 異邦人伝道の結果 【2】聖霊の力に満ちた奉仕(18、19) キリストの言葉 聖霊の力 【3】フロンティア的奉仕(20〜21) パウロは自分の務めは異邦人が神に受け入れられる供え物となることだと言いました。 朝目覚めると共に、御霊の助けを信じて『主よ、身も魂もささげます。すべてはあなたのものです。潔めて受け入れて下さい。』と供え物としてささげることこそ勝利の秘訣です。 |
| 2005年8月14日 キリストによる一致 |
| ローマ書15章1〜13節 パウロはクリスチャンの確信と他者に対する愛の配慮について語ってきた。そしてキリストにある一致へと展開して行く。彼の具体的な祈りと勧告です。 【1】信仰弱者のための自己放棄(1〜4) 自分を喜ばせない キリストは・・・ 【2】クリスチャンの一致(5〜7) パウロの祈り 一致の精神 【3】一致による賛美(8〜13) 異邦人との一体 パウロの祈り 私たちはイエス様によって救われた者達です。イエス様は神であられるのに、ご自分を低くし仕える者となり十字架の死にまで従われました。罪を犯す者達に十字架でさえも赦しを執り成す祈りをなさいました。 私たちは信仰上本質的でないことに関しては譲る勇気も必要でしょう。全く一致が見られず私たちの周りが冷えた状態であり私たちを拒絶している状態でも、イエス様が私たちを赦して下さり祈っていて下さるように、周りの人を受け入れ祈りましょう。平和をつくる者は幸いです。 |
| 2005年8月7日 キリストにある霊的成長 |
| ローマ書14章13〜23節 神様と人に対して責任をもって生きることは、消極的には兄弟姉妹をつまずかせない事であり、積極的には建徳をすることである。それをパウロは具体的に論じて行く。 【1】食物と愛の道(13〜19) 食物と十字架 飲食と神の国 平和と霊的成長 【2】食物と信仰の道(20〜23) 信仰の弱い人を私たちの愛のない未熟な言行によってつまずかせることがあります。彼らがすべてキリストが代わりに死んで下さったほどの人であることを覚える時、憐れみを乞わなければなりません。上よりの愛をいただき、どんな信仰の弱い人も愛をもって受け入れることができるように『私を変えて下さい』と祈りましょう。 |
| 2005年7月31日 主のために生き主のために死ぬ |
| ローマ書14章1〜12節 13章は広い視野と終末の勧めがされましたが、14章に入ると一転して現実的な違いに対する戒めの勧めとなる 【1】信仰者の受容観(1〜6) 【2】信仰者の生死観(7〜9) 主のために生きる 主のために死ぬ 【3】信仰者の審判観(10〜12) 【結び】神と人とに対して責任をもって生きることができます。 初代教会の人たちも食べ物のことなどで裁き合っていました。教会は信仰の本質とあまり関係のないような点で激しい対立をしてきた歴史を持っています。その大きな理由は「私たちは主のものです」という心が欠けるからなのです。パウロは「私たちは主のものです」とはっきり言い切ります。全てのことを主のために主のお心で主のように行ったなら、人間くさい対立や争いは起こるはずがありません。自分の主張に生きるのではなく主のように、主のためにこの身をおささげしましょう。 |
| 2005年7月24日 愛は律法を全うします |
| ローマ書13章8〜14節 市民として国に対する服従から社会における隣人に対する愛、そして今の時に対する自覚と責任を語るパウロでした。責任と義務を積極的に果たすことです。 【1】律法を完成する愛(8〜10) 愛の負債感 隣人に対する愛 完成する愛 【2】終末に於る聖い生活(11〜14) 眠りから覚めよ 光の武具を・・ イエス・キリストを着よ クリスチャンはイエス様のように生きることが願いです。どうすればイエス様のお姿に近づけるでしょうか。人間の努力は尊いものですが、イエス様に近づけてはくれません。パウロは自分自身の経験から、それは愛によって可能になると語ります。私たちがすべきことは、そこにひざまずいて聖霊に心のすべてを明け渡し満ちていただく祈りをささげることです。愛だけが私たちを神様のお心にかなう者にするのです。そして神様が与えてくださった隣人に、あなたが愛を示すために出て行くのです。 |
| 2005年7月17日 市民としての義務を果たす |
| ローマ書13章1〜17節 「誰に対しても義務を果たしなさい」と、国と社会と自分に対して責任的に生きることの大切さを語っている。 愛をもって責任と義務を積極的に果たすことである。 【1】市民として上にある権威に服従 【2】市民としての不服従は神への挑戦 【3】市民としての服従の証し 結び 【1】財政的サポート(支援) 【2】法律への服従 【3】畏敬と尊敬 聖霊によって私たちは、自らの罪の実体を示され救いを主イエス様に求めました。主は私たちを赦して下さり私たちは 神様にとどまることが赦されました。ブドウの木から枝は養分を得るように、私たちは神様から愛という養分を得ているのです。 この愛をもって自分以外の人、隣人を愛することができるのです。相手が自分に好意をもってくれてもくれなくても、愛の原動力それは祈りです。人知れず祈る祈り、それは本当に尊いものです。神様の愛を頂いて祈りつつ進みましょう。 |
| 2005年7月10日 愛の実質と愛の行為 |
| ローマ書12章9〜21節 今回は、愛の行為に入りましょう。 【1】聖徒の入用に協力する愛 【2】旅人をもてなす愛 【3】迫害者への愛 【4】共同体としての愛 【5】多様性なる愛 【6】一般の人々への愛 【7】平和を保つ愛 【8】復讐しない愛 【9】敵に善を行う愛 【10】行動する愛 神様はクリスチャンの武器・対抗手段は「善意」だとおっしゃいます。どこまでも善意によって立ち向かうことを求められます。 これは神様の驚くべき人間関係解決の知恵です。私には出来ないと思っても、主に信頼しゆだねれば行うことが出来ます。 私たちが思いがけない悪意に出会うとき、神様は愛の勝利の機会を与えて下さっているのです。愛からでる善こそ神様から私たちへの勝利の武器なのです。 |