礼拝メモ

2006年12月31日   主をほめたたえよ
詩篇103篇1〜22節
本篇はダビデが預言者ナタンに譴責された時に悔い改めて神の恵みに回復したときの作と言われています。ダビデは心の底より神様を賛美しています。内容は神の恵みの豊かさ、それは神の赦罪の恵みと正義のさばき、弱い人間に対する神のやさしさ、私たちの不義や罪に従って扱わない、罪の赦しは大きい。それは天と地、父と子、東西という相反する表現を用いて赦しの完全さを示す。
【1】ダビデ自身の感謝と賛美(1〜5)
ダビデは先ず全霊・全生・全身を込めて心の奥底から神様をほめたたえました。
【2】イスラエルの歴史に対する神の赦罪の恵みと正義のさばき(6〜13)
【3】弱い人間に対する神のご慈愛と全宇宙的な賛美への勧め(14〜22)
(1)人間の弱さの表現として「ちり」「草」「野の花」にあわれみがあるように弱い人間に対して神の優しい愛顧があるのです。
(2)主を恐れる者の上には神の契約による真実とあわれみがあるのです
(3)主は憐れみ深く永遠に変わらず全宇宙の王であられますから、この地上のすべての支配者も、御使いも、力ある者も、すなわち全被造物からの賛美を受けるに相応しい方です。それ故主をほめたたえよ。そして最後は、全被造物の賛美に、私の賛美の声も主をほめたたえよ! で終わった。ハレルヤ


2006年12月24日   ことばは人となり、栄光となり
イザヤ60章1〜3節 ヨハネ1:1〜14節
ひとりのみどりごが、私たちのために忌まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。イザヤ9章6節
平和の君と呼ばれるイエス様は、神と人との間、人と人との間も平和を結ばれる。もし私たち兄弟姉妹との間に争いや増悪の心があるなら、神様がどんなに大きな愛をもって兄弟姉妹としたか、どんなに和解しようとしているかを、来てイエス様を見て下さい。この子こそ平和の君であり、この子がおられる所には平和が支配している。傲慢や誇りを強く持つ人がこの飼い葉桶の中の子の前でひざまずくこと、単純な心をもってこの子の中に救い主なるキリストを見いだすことは幸いです。
【1】ことばは人となられたこと(14節)
【2】クリスマスの光は「すべての人を照らす真の光」でした(9節)
(1)世の光キリスト
この世は暗闇です。大多数の人々は闇の中を歩んでいるのです。
クリスマスの夜に届けられたのは神からのプレゼントの第一は「世の光キリスト」であられました。イエスがどんなに罪深い私たちを愛して、愛の光を下さったことか、あなたの心の内に生活のただ中に来て下さり神の愛の中へと導いたのです。
(2)生命の光・キリスト
(3)永遠の光・キリスト
神は永遠ですから永遠の光です。復活されたキリストは永遠の光であられます。
(結び)キリストは罪の世の光、生命の光、永遠の光、愛の光、聖い光・・・・。


2006年12月17日   あなた方の中に・・
コロサイ1章24〜29節
パウロは自分の召命と果たすべき奉仕に触れました。それはイエス・キリストの御人格とわざの卓越性を語り、そのイエスに仕える者となっていることの栄誉を強く感じていました。また使徒としての奉仕に対して忠実であることを強調しました。キリストを信じるばかりではなく、キリストの悩みの欠けた部分を補い、キリストの奥義を語りました。
【1】キリストの苦難を喜んで受ける理由(24〜25)
パウロは伝道のために受ける苦難を「キリストの苦しみのなお足らないところを、肉体をもって補うものとして」感謝していました。パウロが教会のために受ける苦難はキリストの苦難でもあったのです。
【2】パウロに示された奥義(26〜29節)
奥義というのはキリストの啓示によってのみ知ることのできる秘密のことです。今まで神のうちに隠されていたが、今、神のしもべパウロに啓示されたことです。それは神様の救いの御計画がイスラエルばかりでなく異邦人も含まれていたということです。
もっとも驚くべき奥義とはなんでしょうか?
「あなたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです」(27節)
(結び)パウロは「自給自足」ではなく「神給自足」であった。(バークレー)
(1)キリストの誕生は、私の心に誕生し育ち、キリストの品性に満ち溢れよう。
(2)キリストの霊の力により、諸問題に挑戦してまいりましょう。


2006年12月10日   人としての性質を・・
ピリピ2章1〜11節
人間のいる場所であるさまざまな家庭・団体・組織には、どこにでも問題があります。それは人間が罪を持っているからです。イエス様を信じて罪を赦されたと言いながらも、まだ罪の残さ・原罪・罪の根を持っている者たちの集まりである教会にも当然問題は起こってきます。1章15、17節には「ねたみや争い」や「党派心」を持ってキリストを宣べ伝えている人たちがいました。投獄されているパウロはさらに苦しめられていました。投獄の地のローマの教会ばかりでなくピリピ教会も無関係ではない。こうした分派や争いの問題について取りあげる前に大事なこととして、宣べ伝えている福音の内容を問題にしました。パウロはここで愛による一致を懇切丁寧に説いています。
【1】教会内における一致の勧め(1〜4)
 (1)「一致を保ち同じ心を持ち、心を合わせ、志を一つ」にして下さい。(2節)
 (2)「愛による一致を破る者から避けるようにして下さい」(3節)
 (3)不一致する者たちが、そこから救われる解決に必要なものは何か(3・4節)
【2】人の性質を持って現れたイエス・キリスト(5〜11節)
 (1)イエス・キリストの謙遜の中に現れます。(5〜8節)
 (2)イエス様は神によって高揚されました(9〜11節)
イエス様の服従に対する父なる神の嘔吐がキリストを高く神の右の座に揚げられたことです。この栄誉はすべての名にまさる名を与えられました。


2006年12月 3日   人を救う神の恵みが・・
テトス2章1〜11節
賛美歌『もろびとこぞりて』の一節は、もろびとこぞりて迎えまつり、久しく待ちにし主は来ませり、主は来ませり、主は来ませり。アドベントに入り、主とはイエス・キリストであられ、私たちの救い主として来られました。どのような目的で来られたのかを知らないでクリスマスを迎えるべきではない。キリスト様を抜きにしてのクリスマスは無意味なことである。
【1】すべての人を救う神の恵みがあらわれたこと
   この意味は、当然キリストの受肉・死・復活を現しています。
 (1)ベツレヘムの飼い葉の中に現れたこと
 (2)イエス様はカルバリに来て下さったこと
    「不敬虔とこの世の欲を捨て」
    クリスチャン生活は「祝福された望み、・・を待ち望む」
【2】キリストの十字架の死への献身の目的について
 (1)「すべての不法から贖い出す」ことであった
 (2)「良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるため」でした。
(結び)
イエス様の現れは、すべての人間の救い、きよめ、永遠のいのちを授けるためでした。人間としての表れを終えて、使命を終えて天にて祈っておられます。今日、私たちに現れて心の中に住んで下さっているのです。


2006年11月26日   礼拝と献納
マタイ2章1〜15節
【1】マタイによる福音書について(ロバートリーより)
 (1)記者  マタイ「神の賜物の意」
 (2)目的  特にユダヤ人の為に 「主」としてのイエスを描いている
 (3)分解  主の誕生 1〜2章
        王の先駆者 3章
        王の試誘 4章1〜11節
        王の宣言 4章12〜25節
        王の律法 5〜7章
        王の聖職 8〜11章19節
        王の排斥 11章20節〜20章
        王の入城 21章〜25章
        王の死と復活 26章〜28章
【2】博士達に見る教訓について2章1〜15節
 (1)服従
 (2)礼拝
 (3)献納
(結び)
新しい年のデボーションが「服従」することが多くなり神とキリストの黙想は深くなり、ひれ伏し拝む心が豊かにされ、献げる幸い、与えることの幸い、この喜びを体験する機会となりますように


2006年11月19日   神の御住まい
エペソ人への手紙2章19〜22節
【1】神の家族
 パウロは人がキリストを受け入れ、キリストにあって同一家族であると言い、その家族が住む家と建物も構造について語ったのでした。
【2】神の住まい
(1)土台・礎石・石について
 ★土台は使徒と預言者(新約の預言者)です
 ★礎石はイエス・キリストであられます
 ★石はキリスト者です(ペテロ第一2:5)
 パウロは使徒として自分自身をキリストの堅き礎石、尊いかしら石を踏まえて自ら土台の一角ともなって世界の教会を背負いました。
(2)聖なる宮(聖なる教会)
(3)私たちが神の住まい
 キリストによって性格・品格が造られ主の御像のごとくに形成されて行く。そして一人ひとりが御霊の内住のゆえに日々、神の御住まいとなっているのです。
(結び)
もう私たちはイエス様にあって罪に打ち勝ち、墓に打ち勝ち、永遠の御国の栄光で胸がいっぱいです。なぜなら私たちは神の御住まいとなったからです。
私たちは神の住まいですから、生も死も永遠も神と共にあるのです
私たちは神の住まいですから、主の復活、主の再臨にも出合う
私たちは神の住まいですから、イエスのみかたちに似ていくのです


2006年10月22日   以前は、・・・今では、・・・
エペソ人への手紙2章11〜18節
本書の大テーマの一つであるユダヤ人と異邦人との融合・統一の問題について展開される。そしてパウロはユダヤ人と異邦人との融合・融和・統一という課題に解決という歴史的に壮大な幻に導かれて行く。その言葉は髪とイエス様と人間の罪性との関係、そして解決策を提示した。改めて平和、和解、心の壁の問題に触れてまいりましょう。
【1】以前はどのような状態であったか(11〜12節)
 1.肉において異邦人でしたとは(11節)
 2.その頃のあなたとは(12節)
  「キリストから離れ」とはキリストなき人生
  「イスラエルの国から除外され」とは選民としての祝福から除外された人生
  「約束の契約については他国人」とは神様の約束にあずかれない人生
  「この世にあって望みなく」とは希望のない人生
  「神のない人たち」とは生ける真の神を知らない人生
【2】しかし今ではどのようになったのか(13〜18)
 1.キリスト・イエスの中にあることにより
 2.歓喜の姿は「キリストの血によってです。」
(結び)
すでにイエス様は私たちのために支払うべき値を支払いました。(十字架の血)あなたはありのままキリストのもとに来ればいいのです。あなたの罪は赦され聖い神様に受け入れられたからです。聖い神に近い者になったのです。


2006年10月15日   私たちは神の作品として・・
エペソ人への手紙2章4〜10節
パウロは人間の本性として「生まれながら」神の御怒りを受ける子らであったという。聖書の人間観の原点は当然「原罪」という宣告なのである。特に「生まれながら」となれば誰かれの区別はありません。この世の高貴の人とか身分が低いとかの者すべてが原罪を所有している。実に「義人はひとりもいない」(ロマ3:10)の御言葉である。しかし神は人間を新創造される
【1】キリストとともに生かされた恵み(4〜7節)
 1.救われたのは、ただ恵みによるのです。
 2.キリスト・イエスにおいてともによみがえらせ
 3.ともに天の所に座らせて下さいました。
 4.それは後に来る世々において、・・(7節)
【2】キリストにあって造られた恵み(8〜10)
 1.恵みのゆえに信仰によって救われたのです。
 2.私たちは神の作品であって、・・
私たち自身の姿が貧弱で低飛行のような生活をしているように思い悩みますが、そうではありません。私たちは神によって造られた者です。クリスチャンになっているのは神の御手による神のみわざによるのです。良い行いをして神の栄光を表すためでした。ハレルヤ!


2006年10月8日   恵みのゆえに信仰により・・
エペソ人への手紙2章1〜10節
パウロは人間の本性に鋭く迫って行くのである。それはそれは壮絶極まる程の追求でした。即ち神から分離した者は、罪過と罪というドロドロした臭気と汚れにまみれている。霊的な死の悲惨さである。肉体的な死ではなく生命の源泉である神との交わりの有無であったのである。しかしイエス・キリストは、そのような人間を救うためにこの世においでになられキリストを信仰する者に天的な祝福をもたらしたのである。
【1】キリストを信じなかった頃の過去の状態(1〜3)
★肉体的な死は肉体から霊的な人格である霊魂が離れた時に起こります。
★社会的な死は人が友達や愛する者や隣人から離れている時に起こります。
★家庭的な死は家族や家庭が分離して行く時に起こるのです。
★心霊的な死は人が神に罪を犯しその結果自分自身を神から引き離してしまった時に起こります。
 1.罪の中にあって、この世の流れに従って歩んでいた。
 2.空中の権威を持つ支配者に従って歩んでいました。
   これはサタン(悪魔)の事です。この世におけるサタンの悪の性格と
   働きを無視することは出来ません。
 3.3節ではパウロも読者も含めてキリストに回心する前は「自分の肉の
   欲の中に生き、肉と心の望むままを行って」いました。
【2】キリストを信じて救われた現在の状態(4〜10)
 1.生まれながら御怒りを受ける子らでした。
 2.神の大きな愛のゆえでした。
(結び)
もう一度、救いの原点を思い起こそう。初めての愛から離れてはいないか。
罪から救われた永遠の生命を受けたことは、この世での最高の恩恵なのです。


2006年10月1日   教会はキリストのからだ
エペソ人への手紙1章15〜23節
パウロは人間の救いについて神様のご計画の偉大さに語って、その内容を祈りました。そのすぐれた偉大さを示すために主イエスの復活の力を示しました。そして父なる神のみもとに上られました。その神の御力の継続的なあらわれとして神様はキリスト様を教会、すなわち「キリストのからだ」の頭にされました。そのような教会は神の恵みと神の壮大な影響力の確実な証拠となった。教会の性格・特色・目的に触れよう。
【1】教会の起源について
  教会は「呼び出された者」(エクレシア)との意味を持っています。
【2】教会の特色について
 1.教会員「主も毎日救われる人々を仲間に加えて下さった」(使徒2:47)
   とイエス様を信じる者たちによって構成された。
 2.教会の二重性について
  神的であり人間的です。 不可見的であり可見的です。
  普遍的であり地域的です。 安息的であり戦闘的です。
  継承的であり生命的です。 宗教的であり教会的です。
 3.組織について
  初代教会においては聖霊の内住によって一つに結ばれていたが
  クリスチャンの増加と共に組織が必要になった。
  現代の組織では、教会の政体として監督政体、会衆政体
  長老政体が三つのおもな形態です。
 4、教会の目的について
  イエス様はご自分がこの世に来られた理由を述べられました。
  ルカ19:10 ヨハネ10:10 ヨハネ20:21 使徒1:8
   (結び)
エペソ22〜23節からキリストの教会である私たちの教会のあるべき姿は礼拝的、伝道的、教育的、信徒訓練的、交わり的、社会奉仕的な活動を期待されています。


2006年9月24日   パウロの四つの祈り
エペソ人への手紙1章15〜23節
パウロはエペソの教会のクリスチャンのために絶えず感謝し、また祈祷するたびごとに常に彼ら一人一人を覚えていた。
その内容は主イエスに対する彼らの信仰と、すべてのクリスチャンに対する愛において光り輝いていたからです。
牧者の真の喜びと感謝は、信仰における霊的進歩であり他に対する隣人愛における健全な成長であります。
【1】どうか・・神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなた方に与えて下さいますように(17節)
 1.神を知るための  獄中のパウロはまず神を知ることの大切さを語りました。
 2.神を知るための知恵と啓示の御霊が与えられるように
【2】心の目がはっきり見えるようになって、・召されている望みがどのようなものか、・・どのように栄光に富んだものか(18節)
 1.心の目とは何か
 2.神の召しによって与えられた希望について
【3】聖徒が受け継ぐものがどんなに栄光に富んだものか(18節)
【4】神の全能の力の働きによって・・信じる者に働く神の優れた力がどのようなものか(19節)
(結び)
パウロは獄中ですけれども自分の信仰に確信をもって語ったのでした。この世の拝金主義、利己主義、世俗主義、虚無主義、冷笑主義、快楽主義にはないキリストの十字架と復活、そして昇天、その座においての永遠の支配へと語った。それこそ永遠の希望であり、神の栄光の冠を受ける名誉なのでした。決して空想話ではありません、全能の神の働きを信じる者には、ゼロからの”無”からの一切の”有”を創造される神の力を経験し、また”死”というマイナスからも”生”をしかも永遠の生命という無限大のプラスを創り出されれました。


2006年9月17日   聖霊の約束をもって・・
エペソ人への手紙1章10〜14節
「ほめたたえられるためです」という御言葉が三つあります。それは私たちの救いに関して三位の神様のお働きなのです。一つは父なる神様の選びと予定の恵みでした。二つ目は御子なるキリストの血による贖いの恵みでした。三つ目は今朝のメッセージのように聖霊による証印の恵みです。聖霊による祈りをしつつ・・
【1】約束の御霊をもって証印を押されたとは。(13節)
  1.真理の言葉(すなわち救いの福音)を聞くこと
  2.救いの福音を信じること
  3.証印とは何か
【2】聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証となられたのです(14節)
(結び)
永遠の昔における父なる神の恵みによる選び、時が満ちて御子イエス・キリストによる贖いと救い、そして聖霊による来たるべき御国への保証という、この永遠より永遠にわたる雄大にして比類のない恩寵の中に生かされているのです。


2006年9月10日   御子の血による贖い
エペソ人への手紙1章7〜14節
パウロが牢獄に入れられ足は鎖でつながれた状態になるまでの過去を振り返ってみましょう。大迫害者から大使徒に変貌し今度は大迫害を受ける身になったパウロの波乱に満ちた信仰生涯は学んでも学びきれない。
【1】神の豊かな恵みについて
  1.みこころの奥義(9節)
   御子の血による贖いこそ、文字通り神の豊かな恵みによることである。
  2.みこころが実行に移され(10節)
  3.みこころによりご計画のままをみな実行される方(11節)
【2】神の栄光をほめたたえる者となるため(12節)
  1.「私たちの主イエス・キリストの父なる神」
  2.「キリストのうちに選び御前で聖く傷のない者」
  3.「みこころのままに、・・キリストによってご自分の子としようと・・」
(結び)
パウロがどのように苦難とともに変貌してきたのだろうか
パウロがどのようにしてイエス様をこころに占有されたのだろうか
パウロが牢獄の中でどのような信仰を送っていたのだろうか
最後に私たちは私たちなりにパウロの経験のようにイエス様をもっと深く知らなければならない。同時に霊の生活の深さに入りたいと願う


2006年9月3日   すべての霊的祝福を・・
エペソ人への手紙1章1〜6節
本書はローマの獄中からエペソのキリスト者に送った手紙で、パウロは諸教会のことを思い高いクリスチャン生活における深い心霊的内容を説き示しています。教会の奥義、主キリストにある者の高揚された地位、キリストの体、それらにふさわしい歩みなどが主題となっています。ですから救い主イエス様をより深く知ることが大切です。
【1】挨拶と祝祷(1〜2)
   恵みと平安について
   ほむべきかな私たちの主イエス・キリストの父なる神・・
【2】父なる神による教会に対する計画と目的(3〜6)
  1.「私たちの主イエス・キリストの父なる神」
  2.「キリストのうちに選び御前で聖く傷のない者」
  3.「みこころのままに、・・キリストによってご自分の子としようと・・」
(結び)6節は神が罪に満ち霊的に失われた人々を罪から贖って神ご自身の地位特権を子とすることによって与えられた神のご恩寵を賛美し激賞したのです。それ故、神の御目的は、罪よりの救い、神の子への回復、失われた人々を霊の家族として一つにすることであった。教会−神による人間救済の計画!


2006年8月27日   ヨブの信仰生活
ヨブ記42章1〜10節
ヨブは大きな富を持っていた信仰の篤い人でした。彼は正義に満ちた生涯を送っていたがサタンはヨブを苦しめた。それは一朝にして富を失い10人の子女を一度に失った。それに加えて健康をも失い、悪性の皮膚病に苦しむ身となった。泣きっ面に蜂、試練が次々とヨブを襲った。
遂にヨブの妻さえ「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい」と信仰から離れるよう誘惑した。ヨブの3人の友達はヨブに降りかかったすべての災難のことを聞き、悔やみをよく言って慰めようと打ち合わせてやって来た。しかしヨブであることが見分けられないほどだった。3人の友は7日7夜、誰も話しかけずヨブの苦悩を見守るのみでした。
ここで静かに考えてみよう(1〜2章)
◆ヨブに近い体験をしたなら、神様に対してどのような態度を取るだろうか
◆大苦悩のヨブに対して、自分はどのような態度を取るだろうか
こうしてヨブは自分の不運、自分の生まれた日をのろうようになった
3章はヨブの嘆きの声である。
(1)ヨブの悔い改め(1〜6節)
ヨブは頭脳における懐疑・質疑では何の解決も得られなかった。しかし神の言葉を聞き神のご栄光を拝した時、心は神の霊に満足して謙遜と服従の態度を持って神を信頼し礼拝できたのでした。
(2)エリファズなど3人に対する神の判決3人に対するヨブの祷告(7〜10節)
ヨブは3人のためにも祈った。即ち愛の勝利である。その祷告は自分の病の癒しとなった。どのような時も人のために祈ることは自らの祝福を得る近道なのです。


2006年8月20日   エステルの信仰生活
エステル記4章1〜17節
4章では同胞の救いのための熱心と祈祷者のスピリットについて学ぶ。また神の摂理の中における救いについて学ぶ。
現代においても救いのみわざの表れには、陰に陽なたに祈る者の活動が必要です。モルデガイでありエステルです。
【1】大きな悲しみ(1〜3)
1.モルデカイは極度の悲しみを表して王宮の門の前にやってきました。彼は門をあずかる者でしたが悲しみと死のシンボルである荒布の姿のままでは門の中に入れません。悲しみは言葉で表現出来ないほどでした。
2.彼の行為は彼一人のものではなく、ペルシャ帝国全域でのユダヤ人の大いなる悲しみとなり断食と泣き声が起こった。同時に熱心な祈りに入ったのです。
【2】エステルの使者(4〜9)
【3】エステルの請願(9〜17)
1.『このような時に沈黙するなら、・・・』
2.『あなたも、あなたの父の家も滅びよう。』
3.『もしかすると、この時のためであるかもしれない。』
4.エステルは死を覚悟して同胞の救いのために立ち上がりました。(15〜17節)
彼女は背後からの支えを必要としました。団結と断食を求めたのでした。
現代の教会も一人ではなくキリスト者が心を合わせて祈ることではないか。


2006年8月13日   ルツの信仰生活
ルツ記1章6〜18節
ルツ記の各章の内容に題名をつけますとルツの信仰の姿が浮かびます。
◆スコーフィルドの紹介
1章「ルツの決心」・・どんなに苦労しても姑ナオミの神に従うルツ
2章「ルツの奉仕」・・ナオミを養うために落ち穂拾いをするルツ
3章「ルツの安息」・・落ち着く所を見いだすルツ
4章「ルツの報償」・・苦労が主にあって空しくはなく豊かに報いられるルツ
◆バックスターの紹介
1章「ルツの愛の決心」・・財産もなく頼む夫と死別しなぜ姑の後に従うのか
2章「愛の反応」・・生活困窮の姑を養いなぜ賤しい仕事に応答するのか
3章「愛の要求」・・犠牲的奉仕をする中ボアズに優しく訴え要求する
4章「愛の報償」・・計算を度外視した愛というものは必ず報いられる
【1】姑ナオミの心情(6〜14)
【2】ルツの決心(15〜18)
   1.「ルツはナオミにすがりついていた」(14節)
   2.「お母さんの民は私の民です」
   3.「あなたの神様は私の神様です」
   4.「お母さんの死ぬところで私は死にたい」
(結び)1章のようなことをしっかり学び考えておくと2章以下の「神の導き」「背後にある摂理の営み」「導きなさる神の恵み」を計ることが出来るのです。


2006年8月6日   ギデオンの信仰生活
士師記7章1〜8節
本書の中でギデオンとサムソンの物語は長い。二人とも人々に愛読され信仰にも生気を与えている。ギデオン協会という名はギデオンの働きに因んでいる。特に6〜9章はギデオンの記録で一番長い記録となっている。
【1】ギデオンの召命(6:11〜24)
【2】三百人の選択(7:1〜8)
   1.あなたと一緒にいる民は多すぎるから・・(2節)
   2.恐れおののく者はみな帰りなさい(3節)
【3】ギデオンの失敗(22〜27)
(結び)サタンは光の使いのように来ます。特に勝利や成功を治めると悪魔に心を奪われないように注意したい。
私たちは光の子として光の道を歩んで行くべきです。うそ方便は罪への道へ落ち込みます。信仰をもって悪魔に打ち勝ちなさい。神の武具で堅固にしなさい。




2006年7月23日   喜悦の盈満
ヨハネ第一1章1〜10節
イエス様のご生誕には、私たち罪人が父なる神様との交わりに与らせ、また互いに交わりを持たせるためである。
この交わりは神様と人との同じ心による交流である。この交流、交際の中に入ると大いなる喜びに満たされる。
そのためにはキリストの血による罪の赦しを得てさらにきよめられなければならない。要するに、きよめられることは神との交わりに入り喜びに満ちる。
【1】イエス様はどのようなお方でしょうか(1〜3)
   1.初めから存在しておられたお方
   2.ヨハネの主要な目的は二つありました
    直接的には交わりである
    最終的には喜びが全きものとなることである
【2】私たちの喜びが全きものとなることである(4〜10)
   1.光の中を歩むこと
   2.光の中を歩むための条件について
(結び)神は罪を赦しきよめて下さる。罪は意図した故意の罪、罪の負債、刑罰からの救いであり除去である。いずれもイエス様の十字架の血潮による功績である。
この恩寵感が喜悦の盈満という信仰生活を歩める。贖罪の恩寵感に感動しよう。




2006年7月16日   聖霊の盈満
エペソ5章8〜21節
本書には高いクリスチャン生活における深い心霊的な教訓の説き明かし、又教会の奥義、キリストにある者の霊的な地位の高さ、その地位にふさわしい歩みなどが主要なテーマとなっている。
【1】光の子供らしく歩みなさい(8〜14)
   1.以前は暗闇の子(救われる前)でした。
   2.今は主にあって光となり光の子(救われた)となった。
   3.光の子は光の結ぶ実がある(9節)
【2】賢い人のように歩み、機会を充分生かしなさい(15〜21)
   1.賢い人のように歩みなさい
    機会を生かしなさい
    御霊に満たされなさい
  聖霊の満たしの条件  真剣な探求
     徹底した悔い改め 全的服従と全的信仰
(結び)聖霊の充満の恵みは、この手紙でもっとも美しい19、20、21節となる
    詩・賛美・霊歌とで語り合い賛美する
    主の御名にて感謝する  相互に服従




2006年7月9日   神の霊の盈満
エペソ3章14〜21節
パウロが牢屋の中で書き送ったので幽囚書簡と言われます。他にピリピ人への手紙、コロサイ人への手紙、ピレモンへの手紙です。それぞれに特徴をもっています。監禁状態の生活、鎖でつながれた生活の状況下にて、イエス様と神様の奥深い内容が書かれています。
キリストにある新しい人、即ちイエス様の十字架を信じる信仰で罪が赦されたことの神の恩寵意外にないことです。
【1】聖霊による内なる人の強化(14〜16)
【2】キリストの内住(17)
【3】神の霊の盈満(19)
(頌栄)パウロの大祈祷の後の頌栄は 神様に対する信頼に満ちている。教会とキリスト・イエスにより、すなわち全世界の教会と全世界の人々の救い主としてのキリストによりう栄光が永遠にあるように。