私は神様の御心というものを勘違いしていました。神さまの御心というものは「Aという道」に進む場合、羽交い絞めにしてでも無理やり進ませるものであると考えていました。しかし、実際はそうではなく、その道へ自然と進みたくなるように、神様が導いてくださるものであるということを体感することができました。
つい最近までは信仰から離れておりました。まじめと言えるような人間ではないですが、仕事人間的な一面がありました。とりわけ学問については、「化学に生き化学に死ぬ」という考えすら持っており、化学については人の何倍も努力をしたという自信がありました。その為、研究室に配属されてから知った格差(予算、設備)という壁にぶつかることとなりました。あまりの辛さに、大学院に行くことをやめよう思ったり、今までの努力を呪い、自暴自棄になったりすることもありました。この時、ちょうど柏木先生から、「今まで祈りながら勉強してきたのなら、それが無駄になったと感じたこともそのまま神さまに話し、神様に責任をとってくださいと祈ってみてはどうですか?」という、今まで、他の人から頂いた事のないようなアドバイスを頂き、長らく信仰から離れていた身でしたが、これを機に神様にお祈りをしてみようと考えるようになりました。この祈りが聞き入れられ、とても良い友人に恵まれることとなりました。このおかげで新たな世界観を持つことができ、化学に偏った考えを捨てることができ、趣味等を再開することもできるようになりました。
長らく信仰心の有無に悩んできましたが、2014年5月6日の家庭集会で、ヨハネの福音書3章のニコデモの話が語られ、16節の「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」という御言葉を与えられました。この御言葉より、再び神様の御心に従ってみようと考えるようになり、今までの行動を神様にお詫びし、御心に導いてくださるようにお祈りをしました。ちょうどこの時期は就職活動に悩んでいました。しかし、神様と相談しつつ進めることで無事に終えることができました。最終的には関東のほうで内定を頂きましたが、神様から与えられた友人たちも関東に住んでいる方が多く、神様の御心を感じた就活となりました。
また、化学のほうでも神様のお恵みを授かることができました。6月の特別礼拝にて、講師の岩上祝仁先生がメッセージの中で語られた「神学生のとき、先輩がアップルパイを食べたいとお祈りをしたら、本当にデザートにアップルパイが出た」という例話は、もっと気軽にお祈りをしてもいいのだと感じる非常に印象的なお話でした。ちょうど、一年ほどずっと上手くいっていない実験がありました。参考にしている論文の通りにおこなっても、さっぱり反応が進まないものでした。「今日、この反応が上手くいかなければ、この実験はやめてしまおう」と考えていた日の朝、ふと先ほどのアップルパイの話が思い浮かび、実験が成功するようにお祈りをしてみました。すると、実験前に一報の論文が与えられました。基本的な実験方法は、今まで読んできた論文のどれとも何ら変わらないものでしたが、「一滴だけアルコールを加えよ」という記述がありました。この実験で用いる試薬はアルコールに弱く、常識的には考えられない方法でした。しかし、今まであらゆる方法を試しても駄目だったのだからと、思いきってこの論文の通りに実験をおこないました。すると今まで全く上手くいかなかった実験が大成功をおさめたのです。この体験は、ペテロがイエス様の御言葉通りに網をおろすと、大漁となったという御言葉を彷彿とさせるものでした。
2014年は、神様の御心の素晴らしさを学ぶことができた年となりました。これから先も神様の御心を伺い、主と相談しながら歩んでいけるように祈っていきたいと思います。
