私は戦後の貧しさがまだまだ残っている1954年徳島県南部の山と川に囲まれた小さな町に生まれ育ちました。
生活は豊かとはいえませんでしたが、農業を営む両親、三人の姉、祖母との生活には温かさがあり、末子でもあったので家族に愛情を注がれ成長いたしました。家の宗教は仏教の真言宗であり、素朴な土着宗教として両親や祖母は信じておりました。
当時の私の周囲では、アメリカやヨーロッパへの強い憧れのようなものがあったように思います。
その中でキリスト教は大変肯定的に見られており、私も子ども心ながらに、仏教とは違う良いもの、素晴らしいものだと感じておりました。
教科書でも、シュバイツァー博士や小説のレ・ミゼラブル等が取り上げられていたのを今でもよく覚えております。
そのような中、一番上の姉が高校生の時に教会へ導かれクリスチャンとなったことがきっかけで、私の手にも聖書が届けられました。
読書好きの私でしたが、その聖書は少ししか読みませんでした。
その後姉に誘われて、初めて教会へ足を運んだのが高校一年生の夏です。その日は特別伝道集会が開かれており、会堂中溢れるほどの人が集まる中、講師の本田弘慈先生が情熱的にメッセージを語っておられました。
メッセージの内容は覚えておりませんが、何か心に熱い燃えるものを感じ、続けて教会へ行くようになりました。
そこは開拓間もない日本イエス・キリスト教団羽ノ浦教会で、普段は畳の上に椅子を並べて五、六人で集会をしているような少人数の教会でした。秋の稲の収穫時期でもあり、先生が「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」と話されたことを記憶しております。
教会は良い印象であり、心惹かれるところもあったのですが、すぐに信仰をもつ決心はできず、足は遠のいてしまいました。単純に信じられなかったことと、長男であるため、両親の反対が目に見えていたことが理由です。
その後大学進学が許されたものの、罪の解決がない私の心は現実には暗く、希望のない、小心翼翼な生活を送り続けていました。
大学生活も終わりに近づいた頃、人生に迷っていた私は、以前に小説を読んで感銘を受け、尊敬していた三浦綾子さんに手紙を出しました。
すると三浦先生は私にお返事をくださり、また、インマヌエル徳島教会前任者の高島俊夫先生に私を紹介してくださったのです。今も三浦先生ご夫妻のご誠実さには深く頭が下がります。高島先生は、下宿先のアパートにしばしば足を運んでは個人伝道をしてくださいました。キリスト教や聖書に対する私の素朴な質問に答え導いてくださる中で、いつしか私も、色々な言い訳をしても神様の前に罪を犯してきた事実を認めざるを得ないとの認識に至らせられたのです。1980年3月、今までの罪を告白し、イエス様の十字架を信じ受け入れる決心をいたしました。「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」第Tヨハネ1章9節のみことばを、救いの約束として受け取らせていただきました。
5月には受洗の恵みにも与り、クリスチャン生活がスタートいたしました。
公務員としての社会人生活も始まり、現実の生活に引っ張られることの多い日々でしたが、聖書のみことばや信仰書に触れる中で、この世に埋没せず、少しでもきよい生活を送るべきことを示され、その都度正されてきたように思います。
我ながら恥じる悔い多い青春時代を思い出す度に、「義を追い求める者、主を尋ね求める者よ。わたしに聞け。あなたがたの切り出された岩、掘り出された穴を見よ。」イザヤ書五一章一節のみことばを思い、神様に感謝せずにはおられません。
その後クリスチャンホームを築くように導かれたのですが、複雑な諸事情により、長男が4歳の時に妻子と私は離れて暮らさざるを得ない状況となりました。
それからの長い年月は試練の時でしたが、神様は「わたしを信じ続けなさい」と声をかけてくださり、苦しく辛い状況の中でも絶えずみことばで励まし、養い続けてくださいました。
現実を直視しながらも、心の目はただ神様に向けることで、本当の幸福とは何かを教えていただいたように思います。
父は60歳の頃、糖尿病により両目を失明しました。母は父を助けて二人で農作業に励んでおりましたが、その母も介護が必要となり、周囲の助けを受ける生活の中でイエス様を信じ、病床洗礼に授かり、天へ召されていきました。
後に残された父の介護が課題となり、今後の導きの為に祈っておりましたところ、神様の恵み深い摂理によって、現在の妻との再婚へと道が開かれました。
2008年7月のことです。父もイエス様を信じるとの決心に導かれており、9月には自宅において洗礼式を執り行なっていただきました。
その2年後には、病床の中でも周囲に対して絶えず「ありがとう」と感謝の言葉を述べていた父も、安らかに天へ召されていきました。
私が信仰を持つことに反対した両親が救われ、天へ見送ることが許されたのは、ただ神様の憐れみのゆえであると感謝しております。
現在は家庭でも教会でも、妻と心を一つにして主に仕える恵みの生活を送らせていただいております。今の世の中は暗く重い時代風潮ですが、神様に従い続けていく時、さらにまさる恵みの道が備えられているとの希望が与えられている日々は、何と幸いなことでしょう。
「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。」ピリピ1章6節